João Gilberto

 ジョアン・ジルベルト。ボサノヴァの神様。ドタキャン常習犯、奇人。開演寸前に「今日の客は嫌いだ」と言って帰ったかと思うと、突然放送局に現れ、スタジオに乗り込んでアナウンサー驚愕、一曲歌って帰ったとか、たった30分でコンサートを切り上げ、客に向かって、「こんな酷い場所には二度と来ない」と言って舌を出して帰ったとか、数々の奇行で伝説を作ってきた。

 ボサノヴァの世界では、アントニオ・カルロス・ジョビン(トム・ジョビン、ボサノヴァの法王、すでに死去)と並んで別格の存在。ジョビンが書いた曲をジョアンが歌う。これでボサノヴァが生まれた。その「神の声」、神技のギターで、世界中の人々を魅了してきた。

 そんなジョアンが来日した。72歳。日本公演としては、おそらく最初で最後のチャンス。僕の場合チケット入手から神がかっていた。僕の誕生日(7月2日)、どういうわけか午前4時に目が覚めた。テレビをつけたらコマーシャル、「巨人来日!」。すぐメモして寝た。その日がe+のプレオーダー開始日。初日と横浜公演を押さえた。一般発売の12日、残り2公演を押さえ、後は本当に来てくれるように祈った。今思うと、あの朝、神様が僕を呼んだような気がする(考えすぎか!?)。


2003年9月11日(東京国際フォーラムA)

 いよいよ初日。開演は7時。6時開場。しかし6時になっても開かない。怒って文句いう人、目を閉じて待つ人、エントランスが人の渦。6時35分、やっと開いた。しかし、ホールには入れずロビーで待つことに..7時にホールが開いた。5000席程が満席。しかし始まらない。「ジョア~ン!」と叫ぶ人、ポルトガル語で意味不明の声をあげる人、突然拍手が起こったり手拍子起きたり、異様な雰囲気。みんなが固唾を呑んでジョアンがステージに現れるのを待った..異様な静寂...

 場内アナウンス、「本日はアーティストの希望によりエアコンを止めます。非常灯も消灯します。休憩はありません」、場内どよめき。

 8時になっても始まらない。やっとベルが鳴った。歓声、拍手。アナウンス「The Concert Start in a few minutes. Please Take a Seat.」、この「Few Minutes」が長かった。客席の明かりが落ちた。8時10分、ジョアンが現れた。興奮!、総立ち、拍手、大歓声、すでにアンコール状態。

 椅子に座ったジョアンが日本語で小さく、「コンバンワ」。また拍手。

 それからは夢のような2時間。"Izaura" はこの日しか歌わなかった。エアコンが無い中(おそらく会場内の温度は30度を超えていただろう)、汗だくで聴いた。しかし、そんな事はどうでもよかった。「神の声」に酔いしれた...


2003年9月12日(東京国際フォーラムA)

 7時開演だが始まらない。アナウンス「アーティストは現在会場に向かっております」。笑いが起きた。ロビーへ..

 ロビーで客と話した。北海道から来たと言っていた。

 7時55分に始まった。ジョアンが「コンバンワ」と言ったが、あまりにも小さな声だったため、聴衆は反応せず。

 ジョアン絶好調、声もギターも最高! "Tim Tim por Tim Tim"(この日だけ)で始まり、最後は「イパネマの娘」。ジョアン自ら手を叩いて、客に拍手を請う場面も。

 昨日の緊張感とは反対に、リラックスして聴いた。


2003年9月15日(パシフィコ横浜)

 5時開演だが、例によって5時50分開始。ギターの調子が悪い。何度チューニングしてもハーモニー決まらない。先行き心配.."Sorry" と言って長時間チューニング..

 マイクの位置が悪く、ギターがよく聴こえない。スタッフ現れマイクを調整。

 次第に調子が出てきた。「フェリシタージ」何度繰り返したか思い出せない。完全に乗り切ったジョアン。繰り返すたびにルバートやアレンジを変え、同じ歌い方をしない。"Retrato em branco e preto (Zingaro)" はこの日だけ。こんな音程とりにくい曲、完璧な音程で歌った。ところが!ハプニング起きた。

 確か "Estate" を歌った後、ジョアンがギターを抱いて下を向いたまま動かない。顔面蒼白。時々指がピクリと動く。そのたびに歓声。拍手なりやまず..手拍子になったり..みんなで励ました。スタッフ(たぶん医者)2回現れジョアンの肩に触れ、"Are you OK?" 場内騒然。死んだんじゃないかと思った。でも僕の欠点、感傷的に「こんな拍手の中で死ねればジョアンも幸せだろう」なんて考えた。

 20分後、ジョアンがスタッフを制し、小さな音で、「ボンファに捧ぐ」(この日だけ)を弾きだした。続けて「想いあふれて」、「ブラジル」(これもこの日だけ)、「イパネマの娘」。本当に小さな声。まるでこの世に別れを告げるように..最も愛する4曲。

 歌い終えてふらつきながらジョアン退場。終わったのが9時40分。凄いコンサートだった。

 あんなに疲れたら、次の日歌えないんじゃないか。翌日のキャンセルを覚悟して家路についた。


2003年9月16日(東京国際フォーラムA)

 ついに最終日。ジョアンは現れた。足取りがおぼつかない。7時開演予定だが8時5分開始。小さな声で "Sandalia de Prata" 歌いだした。

 疲れているのか "Excuse me" と言った後、ポルトガル語で何か話し、曲の間に休む。

 「フェリシタージ」歌った後、また止まってしまった。今度は客の反応が違った。拍手が手拍子に変わったころ、お節介な客が、「拍手やめてください。ジョアンは拍手が止むの待ってるんですよ!」と言っている(個人的には、こいつは末代の恥を晒したと思っている)。勘違いも甚だしい。「バカ野郎!昨日のことを知らないのか?本当に動けないんだ。拍手して励まさなきゃいけないんだ!知ったかぶりもいい加減にしろ!!」と言いたかったが、何とかこらえて拍手を続けた。拍手を続けようとする人、「拍手やめてー!」と叫ぶ人..場内混乱状態。

 15分後、ジョアンがポルトガル語で何か話し、日本語で「アリガトウJapão」。本当に小さな、優しい声..思い出すだけで涙が出てくる。初日、2日目の「コンバンワ」に続いて神様が日本語を話した。

 それから何曲歌っただろう。終わったのが11時。

 この日は西武線が事故で止まり、ホテルに泊まった。眠れなかった。


 今(17日午後2時)これを書いていても、ジョアンの声とギターの音が耳から離れない。最初から最後まで異例尽くめの4公演だった。今回の来日公演は、間違いなく「伝説」になる。コンサートを聴けた幸運な人たちは「歴史」の目撃者。今までクラシックの大物公演たくさん聴いてきたが、こんなに凄い経験は無い。こんなに凄いアーティストは他にいない。生涯の財産になった。人生が変わるかもしれない。彼と同じ空間で「神の声」を聴いた。神様と「時空」を共にした。もう死んでもいい。私事だが、今まで何度か死のうとしたことが有る。今度の経験で、本当に思い残すことが無くなった。


 4公演通しての感想は、変人で気難しいと聞いていたが、遅刻したこと以外、彼は立派なステージマナーを心得た舞台人だったということ。来日を心待ちにしていた日本の聴衆のために、体力が続くかぎり歌った。自分の芸術はもちろん大切にしていたが、頭の中には必ず「聴衆」が有った(横浜の最後の4曲だけは、自分のために演奏しているように見えた)。とにかく聴衆をとても大切にしていた。派手な演出や効果はまったく無い。自己陶酔している様子も無い。声や感情移入は100%。それ以上でも以下でもない。まったく無駄が無い。技術、感情、知性、理性、その他芸術家に求められる全ての要素が絶妙にバランスしていた。今回の公演は、70歳を過ぎて晩年を迎えた彼の、すっきりと枯れ切って完成されたスタイルを現していた思う。


 もっと書きたいことが沢山ある。この出来事は新聞や雑誌で記事になるだろうし、永遠に語り継がれるだろう。ジョアンが許可を出せばCDになる..ジョアン・ジルベルト..本当にありがとう...

2003年9月17日


追補

 ジョアンが止まってしまった理由については、諸説あり(聴衆の反応に感動して神に感謝していた、拍手に陶酔した、眠っていたなど。少なくとも、拍手が止むのを待っていたのではない)、私はポルトガル語がわからないので、断定はできない。しかし、私は最終日の本番の翌日に、感じたままのことを書いた。その上で、最初に書いた文章をそのまま残すという結論に達した。2004年2月21日に、日本ライヴのCDが発売されるらしい。12日の録音らしい。純音楽的には最高の日だった。今から楽しみだし、日本公演に行けなかった人達にも是非聴いてほしい。ジョアンの再来日を求める声もあるようだが、自分にとってはこれで十分だと思っている。しかし、再来日が実現したら、多分聴きに行くだろう。いずれにしても、ジョアンは偉大な芸術家である。私のページにアクセスしてくださった多くの皆様はもちろん、あらゆるルートで、彼の芸術を伝え続けてほしいと思っている。

追補2

 今、CD "João Gilberto in Tokyo" を買ってきて聴いている。最初の「コンバンワ」と聴衆の反応は、多分、初日の録音を編集したものだろう。彼の偉大な芸術を再認識すると共に、彼の声とギターが、ベストな音質で収録されており、全く衰えていない事を改めて感じた。今後も、彼の芸術は進化し続けるだろう。もう涙物のアルバムである。聴衆として、この歴史的事件を体験した事は、生涯の財産である。本当に感慨を新たにしている。一人でも多くの人に、このアルバムを聴いてほしいと思っている。

追補3

 今回の日本公演の後、ジョアンは、「こんな聴衆を探していた」と言ったそうである。だからといって、聴衆としてどうあるべきかはわからない。とにかく音をたてずに静かに聴いた。歌の合間では、精一杯拍手した。最終日では、隣の人の扇子を扇ぐ音まで気になって止めてもらった。本当に静かだった。少しでも不手際があれば、ジョアンがコンサートを中止してしまう可能性を否定できなかった。これは全ての聴衆が思っていたことだろう。極限の緊張感と、究極のリラクゼイションが同居していた。今思い起こすと、クーラー無しの暑い中での緊張感や疲れは忘れてしまった。残ったのは、ジョアンのクールな声とギターだけ。こんな経験はかつて無い。再度ジョアンが来日してくれれば、また、ひょっとして、自分がブラジルに行けば(ブラジルには一度は行きたいと思っている)、再び味わえるかもしれない。改めて、ジョアン・ジルベルトの世界に、生で触れることが出来た幸せを再認識している。

追補4

 日本ライヴCDのライナーノートによると、このアルバムの録音は、発売目的ではなく、チェックのためにDATに録音していたものを、ジョアンたっての希望でCD化したものとの事。しかし、全てのコンサートで、客席中央に大規模なミキシングコンソールが並び、プログラムにも、日本ライヴのCDが発売される可能性が書かれていた。この辺の真相はわからない。それに、音質は最高である。12日の全ての録音が、一部デジタル・ノイズのためにCD化されなかったのは残念だが、それでも、当日の感動を再び味わえることは、この上ない幸せである。個人的には、全ての日の録音を聴きたい。デジタル・ノイズがあろうが、ギターの調子が悪かろうが、マイクの位置が悪かろうが、そんな事はどうでもよい。しかし、ジョアンには、どんなに些細な瑕疵も許されなかったのだろう。この気持ちはよくわかる。実際、自分のホームページでも、自分で納得できた録音しか公開していないのだから。

追補5

 「フリーズ」と呼ばれる横浜と最終日で止まってしまったアクシデント。初来日公演の後、ジョアンは「もし、あのステージの上で死を迎えたなら、最高に祝福された死だっただろう」と言った事からも明らかだが、ジョアンは「このまま天国に行きたい」と、静かに目を閉じたのだろうという私なりの結論に達した。あの止まっていた間、ジョアンは本当に、拍手の中で「至福」を味わっていたのだと思う。特に最終日は、その後、体力が続く限り歌い続けた。そんなジョアンが、今年2004年、またやって来る。今度は会えるだろうか。また「神の声」に浸りたい。


2004年再来日公演

 さすがに大阪までは聴きに行かなかったが、東京公演は全て聴いた。前代未聞の空前絶後の体験をした。文章力が稚拙で申し訳ないが、コンサートの雰囲気を少しでも感じていただければ幸いである。 ステージ上のジョアンは、昨年より少し老けて見えた。特に、歩き方に年齢を感じざるを得なかった。しかし、声は全く変わっていなかった。かたくなに自分のペースを守り、遅刻は当たり前、エアコンもオフ、全てが自然のまま。そんな、様々な条件が整った上で実現した、空前絶後の再来日公演だった。


2004年10月6日(東京国際フォーラムA)

 不安と期待の中で、再来日公演東京初日に行ってきた。ジョアンは絶好調だった。しかし、曲間の人の出入りが思いの他多い。それに、一階中央のやや後ろに、拍手一番乗りを狙っている奴がいて感興を削いだ。特に一曲、そいつによってエンディングが台無しにされた。 ジョアンによる「これで終わりだよ」というサインを読めない気の毒な人だが、猛省を促したい。場合によっては、これでコンサート中止の可能性も否定できないから。そのためか、コンサートは45分遅れの7時45分に始まり、9時40分に終わった。去年のどの公演より短い。ジョアンが絶好調だっただけに残念だった。「三月の水」で始まり「想いあふれて」でラスト。「イパネマの娘」は無かった。


2004年10月7日(東京国際フォーラムA)

 東京2日目。昨日の席は、どこからともなく風が来て、比較的快適に聴けたが、今日の席は空気が留まる場所だったようで、正直言って辛かった。それでも去年は9月だったのだから、もっと暑く蒸し風呂のようだったので、今年はマシな筈である。それだけ去年は何から何まで異様で、極限の緊張感の中、4公演があっという間に過ぎた。今年は少し、「神」が「人間」に近づいた気がする。今日は開演が以外に早く、20分遅れだった。30分以上は遅れるだろうと思ってタカをくくっていた人も多かったようで、曲間に会場へ入ってくる人が多かった。「Ligia」で始まり、最後は「イパネマの娘」。ちょうど2時間。ジョアンの声は、昨日の方が良かった気がした。それにしても、「ボンファに捧ぐ」で手拍子をしたのは誰だ!!「日本の恥」である。


2004年10月10日(東京国際フォーラムA)

 今日は、ジョアン・ジルベルト来日公演でも後々まで語り継がれるクライマックスになるであろう。マイナーな曲からポピュラーな曲まで、いつもどおり2時間歌い、 途中、フリーズになりかけたが、係員が拍手を止めるように促し、10分で終了。最後に「 想いあふれて」を歌って引っ込んだ。九分九厘これで終わりだと思ったのだが、拍手が鳴りやまず、ジョアンが再び出てきた。場内大歓声。その後、5曲ほど歌い、最後は「イパネマの娘」。何度も同じ曲を聴いているが、ジョアンは二度と同じ表現をしない。特に今日は即興的な部分が沢山有って、聴き応えがあった。泣いても笑っても明日が最後。ベストコンディションで聴けるように、今日は早く寝ることにしよう。


2004年10月11日(東京国際フォーラムA)

 「伝説」が出来た。5時15分開演、9時15分終了、内「フリーズ」が20分。実に4時間、休憩無し。ジョアンは用意していた持ち歌全て歌ったのではないか (そういえば "Izaura" は無かったな)。それにしても解せないのは、「フリーズ」の時の係員の対応である。「拍手止めてください!」と連呼している。頭に来て訊ねた。「これはジョアン自身の指示なのか?」、係員「そうです。次の曲に入れないので止めて欲しいとの事で..」、納得がいかないので問いただす。「ジョアンがギターを構えれば拍手は止む。なのにどうして止めろというのか?」、係員「上からの指示なので..」と、言葉を濁した。プログラムによると、昨年の「フリーズ」は、客の一人一人に「アリガト」と言っていて、肩を叩かれて気付いたら20分過ぎていたらしい。係員の対応は解せない。 係員が拍手を止めさせたのは、ホールのレンタル時間制限など、「音楽」以外の事情が有ったものと推測している。

 いずれにしても、再び「伝説」が出来た。アンコールの時に即興で歌った「ジャポ~ン..コラソ~ン..」。「愛しき日本」とでも訳するのか。これを聴けただけでも、今日会場に行った価値があった。最後の「ブラジル」まで体力勝負だったが、何とか持ちこたえた。

 コンサートが長くなる事は予測出来たので、コンサート前は、食事は最小限、水分も、脱水症状にならない範囲で、出来るだけ摂らずに本番に臨んだのがよかった。本番前にビールでも飲んでいた人は困ったはず。ジョアンがエアコンを切るのは、ノイズが原因ではなく、全てが「定常」でなければならないという信念によるものとの事。本番中も、エアコンの事をしきりに気にしていた。完全に切るのは不可能。5000人が酸欠になってしまうから。もちろん水には氷を入れない。あの極限の芸術が、極めて限られた条件が守られた上で、初めて成立するものである事を知った。聴く側も、襟を正してコンディションを整えなければならない。


追補(2004年10月13日)

 昨夜は7時頃眠り、3時半に目が覚め、現在午前5時半。時間が滅茶苦茶である。11日の夜は、もちろんろくに眠れず、ジョアンのおかげで生活リズムが狂ってしまった。現在どこのタイムゾーンで生活しているのだろう。今更寝るわけには行かないから、日本にいながら時差ボケという事になりそうである。ジョアンの芸術は、生活さえも支配してしまう。いやはや、まいった。

 今年のジョアン・ジルベルト来日公演だが、CD化の予定は有るのだろうか。今年は日によって声の調子にムラがあった。特に最終日は、しきりにエアコンを気にしていて、その前後は声が悪かった。個人的には10日の公演が良かったと思うが、最終日の「特別」な時間は是非とも収録して欲しい。今年はしっかりと録音されていることを祈りたい。全4公演からベストの歌唱を編集し、最初は最終日の「アリガト」、最終日の最後はノーカットで即興歌唱も含めて欲しい。 1枚に詰め込まず、是非2枚組みで。


2006年再来日公演

2006年11月4日(東京国際フォーラムA)

 初日に行ってきた。開演予定は5時。言うまでも無く5時に始まるはずが無い。場内アナウンスは、「アーティストの到着次第、お知らせいたします」を繰り返し、うんざりしてきた5時50分、アナウンス「アーティストはホテルを出発しました」、場内大爆笑。結局ジョアンがステージに現れたのは6時15分だった。「遅れて申し訳ない」という風な意味不明の日本語を話し、場内歓声。最初こそ声が悪かったが、次第に乗り始め、名曲オンパレード。後半の最初には即興歌唱、「コラソン」、「ジャポン」、「アイラヴユー」等と聴こえる意味不明の歌を披露。終わったのは8時だったが、「神の声」は健在。今回は史上初めてビデオ収録が行われ、DVDがリリースされるらしい。初日からこんなに乗っていいのかと思えるほど、時間は短いが、凝縮された素晴らしい1時間45分だった。これからも楽しみである。


2006年11月5日(東京国際フォーラムA)

 二日目。今日も5時開演予定で、ジョアンは5時40分にホテルを出発し、6時に開演した。今日は最初から声が良かったが、華やかだった昨日とは反対に、小さな声で内省的な歌い方。特に、フェード・アウトを延々と続け、余韻を楽しんでいる様子は印象的だった(フライング拍手する人がいなくて良かった)。後半から徐々に華やかになり、昨日は無かったアンコールも数曲。一度も聴いた事が無いチャーミングな新曲など、ジョアンのコンサートは何度行っても飽きない。それから、今回の公演で印象的なのは、照明の効果である。多分、DVDリリースするためだと思われるが、照明係の人は、次に何の歌を歌うかわからないので、生きた心地がしなかったのではないか。さあ、いよいよハプニング必至の3、4公演目。今から体調を整えておかなければならない。


2006年11月8日(東京国際フォーラムA)

 いよいよ三日目、何が起こるかワクワクしながら会場に向かった。今日は7時開演予定で、開場時間の6時に会場入りしたのだが、ホールには入れずロビーで待つ事になった。これが何なのかは、後でわかる事になる。係員が「ロビー入場となっております」とメガホンで連呼している。こんな事はもう慣れっ子。ところが、大人気なく係員に詰め寄っている人がいる。全く何を考えているのか。ジョアンの事を全く知らない大馬鹿者である。

 7時少し前にホールが開き、入場すると、物々しいビデオカメラが何台も..どうやらホールに入れなかったのは、カメリハが長引いていたためらしい。場内アナウンス、「ジョアン・ジルベルトは会場に到着しております。ホールにお入りください」。今日は最高の席。たっぷりとジョアンワールドに浸れそうである。

 7時25分に開演、今日のジョアンは、二日目以上にピアニッシモ。マイクが音を拾うか拾わないかスレスレの所で音楽作りをしている。ジョアンの芸術はまだ発展途上であり、ジョアンはまた新しい試みを始めたようである。

 しかし、ピアニッシモの追求は、反面、非常に危険な側面を持っている。詳しくは書かないが、一つ間違えると狂気と背中合わせになる。自分はヴァイオリン演奏で、そのような経験がある。もちろん、大芸術家ジョアンが、そんな事を知らないわけが無い。明日、ジョアンの答えが明らかになるのだろう。

 今日の照明は、二日目よりも地味だった。一日目と二日目に色々な照明を実験して、今日が本番だったのだと思われる。今日の公演は、ジョアンは至ってマイペースだったが、公演全体に、DVDリリースのための「演出」の影が見え隠れした。ジョアンもそれを意識していたようで、フリーズすることも無く、2時間半、歌い続けた。

 今日のジョアンは、2時間半でパワーを使い果たしたようで、アンコールは無かった。それから、一階右後ろ付近で、フライング拍手する集団が有って気になった。ジョアンがせっかく最弱音で余韻を作っているのに、これが台無しになる。ジョアンがアンコールしなかったのは、そんな所にも原因が有ったのかもしれない。

 それ以外は、聴衆の反応は最高で、歌う前のギターのコード弾きの段階からテンションが上がって行き、有名曲だと間髪入れずに拍手が起こる。アーティストとオーディエンスによる丁々発止の駆け引きが見られた。

 さあ、泣いても笑っても、明日が最終日。今日はぐっすり休んで、最終日に備えることにしよう。


2006年11月9日(東京国際フォーラムA)

 いよいよ最終日。開演予定は7時。ジョアンは7時40分にホテルを出発し、8時5分に開演した。

 このコンサートは、今回のツアーを締めくくるにふさわしい、クライマックスとも呼べるコンサートになった。演奏、照明を含めた演出、聴衆の反応など、全てが完璧だった。

 二日目、三日目でピアニッシモへのこだわりを見せたジョアンだったが、今日は元に戻り、とにもかくにも健康的な音楽になった。個人的な意見として、やはりピアニッシモの追求はアブナイ。クラシックの音楽家でもよくあることだが、70歳を越えたミュージシャンがよくかかる、一種の「伝染病」である。全てを悟り切ったジョアン、今日は随所に茶目っ気も見せ、ジョアンが子供のような純粋な心を持ったミュージシャンである事がわかった。

 聴衆の反応も最高で、フライング拍手も無く、有名曲への反応は極めて速い。最後は総立ちの拍手になり、今回の来日最高の盛り上がりとなった。

 途中、フリーズになりかけたが、数分で回復。今思うに、20分も止まってしまった過去の公演は、ある意味で「不健康」だったと言える。

 今日のコンサートは、終演が10時15分。2時間10分と、決して長くはないが、これまでの三度の来日のクライマックスと呼べる完成度の高いコンサートとなった。

 また「歴史」が出来た。今回は、8日と9日の公演を、万全の設備でビデオ収録してある。来年発売のDVDが楽しみでならない。


DVD発売中止

 ジョアン・ジルベルトの今年の日本ライヴを収録したDVDの発売が予定されていたのだが、中止になってしまった。残念極まりないが、「仕方無いかな」という気もする。収録が行われた11月8日と9日は、ジョアンのベストパフォーマンスではなかった上、8日は聴衆の反応にも問題が有った。最終日は計算され尽くした上でのパフォーマンスで、これで満足しなければならないのかと思っていたが、やはり一度目、二度目の来日で起こった「奇跡的」な瞬間は無かった。8日は執拗なまでに弱音にこだわるアブナイ音楽作りで、聴衆の反応にも問題が有った。いずれにしても、「神がかった」とは言えないものであった。ジョアンの完璧主義が今回のDVD発売中止になったのだろうが、ファンとしては残念でならない。今年の来日でしか聴けなかった曲も有っただけに、余計に残念である。


2008年再来日公演

 やってくれましたね。11月1日2日がそれぞれ12月13日14日に延期。横浜公演は中止、払い戻し。最終日が一番盛り上がるというこれまでの経験から、横浜公演だけを買っていた人も多かったと思われるだけに、物議を醸す事になりそうである。

 「親愛なる日本のファンの皆様には、万全のコンディションで、最高の演奏をお届けしなければならない。」との事だが、延期ならともかく、中止になった人はたまったものではない。

 こうなると、結局すべて中止という事態も覚悟しなければならない。

 マネージメントはチケットを払い戻しすればよいが、ジョアン・ジルベルトのコンサートには、日本中からファンが集まってくる。航空機やホテルのキャンセルなど、ファンは副次的な出費を強いられるかもしれない。全くもって、人騒がせなアーティストである。

来日中止

 77歳だから仕方がないか。しかし、やはり落胆は隠せないな。最後まで来日に向けて尽力した皆様には、心より「お疲れ様でした」と言いたい。よくよく考えると、今まで三度も来日が実現したこと自体、奇跡的な事だった。今日は今までの思い出に浸る事にしよう。


© Hidehiro Tokitsu

E-mail: maestro@korngold.jp

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