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2007年 4月26日
報道ステーションを見ていたら、昭和天皇に30年付き添った侍従の日記が明らかになったという。自分にとっての昭和時代は、子供時代から学校を出てプロの音楽家の駆け出しまでだが、母が能天気に話すことを聞くとゾッとする。
母の父、つまり僕の祖父は、満洲に土地を持っており、母は子供のころに満州に遊びに行ったことがあるという事である。母は1940年生まれ。まだ幼い頃。母は最後まで事の重大さが分かっていない様子だったが、一つ間違えれば中国残留孤児になっていた。日本に帰って終戦を迎えたから良かった。
僕は、母の父、つまり母方の祖父が自民党の市議会議長であったために、子供の頃から「自民党が全て、共産党はいけない」と教え込まれた。父は典型的な戦前派で、右寄りの雑誌ばかり読み、僕が初めて覚えた漢字は自分の名前ではなく「天皇」だった。父によると、大東亜戦争はアジアの植民地を解放するための戦争で、南京大虐殺も従軍慰安婦問題も作り話だというのである。
無邪気な子供だった僕は素直に受け入れていたが、自分が選挙権を持つ年頃になって、「どうも変だぞ」と思い始めた。祖父や父から教え込まれた(刷り込まれた)考え方に疑問が生まれたのである。そこで、その疑問が解けるまでは選挙には行くまいと決めた。ただ一度の例外は、保守系一騎打ちで故郷唐津市を二分した市長選挙で、一方の候補を応援していた祖父の「とにかく行ってくれ」という頼みで選挙に行った。僕が票を投じた候補が勝ち、投票率は97%だった。
その祖父が、死ぬ前に僕に言ったこと。「白票でもいいから選挙には行くこと。国民に与えられた唯一の参政権なのだから、行かなければ罰が当たる」という言葉。祖父が死ぬまでは大した事とも思わなかったが、偉大な祖父が亡くなって真っ先に思い起こされるのは、この言葉である。言わば、祖父の遺言である。
それ(祖父の死)以来、選挙には必ず行くことにしている。だれに投票するかは、その都度考える。僕は無党派である。これを読んでいる人たちには色々な考えを持った人がいると思う。でも、選挙には行こう。選挙に行かない事は、参政権を拒否することになる。選挙に行かない人は、間違った方向に向かっている国に対してもの申す事も出来ない。白票でもいいのである。とにかく選挙には行く。これが今の僕の信念である。
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素直に嬉しい。この調子で優勝に向けてまっしぐらと行きたいものである。しかし、勝率1位でもプレーオフがあるから油断はできない。昔から波があるのはホークスの伝統。勝てるうちに勝ちを積み重ねていてほしい。
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動画共有サイトと言えば、YouTube が有名だが、ソニーが新しい動画共有サイトを立ち上げ、著作権に触れる画像は24時間体制で削除するという。
はっきり言って、これでは意味がない。YouTube では、一般に入手できない貴重な映像が多数公開されていて、だからこそ意味がある。トランスグローバル版の「トムとジェリー」など、その典型である。著作権で削除すれば、結局、購買意欲をそそる、今のFM放送のようなサワリだけのプロモーションビデオだらけになることは容易に想像できる。
この計画は、企画倒れに終わるだろう。YouTube との提携を打ち出した BBC と比べると、明らかに閉鎖的なこの企画が、民衆に受けいれられる筈がない。
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死刑判決が出た。死刑制度賛成の人や、死刑執行を望む被害者の遺族たちは、死刑制度と人権について考えたことがあるのだろうか。執行人の苦悩を慮ったことがあるのだろうか。他人が手を下すから自分は苦しまなくて済むと考えるのであれば、それは大きな間違いである。
死刑執行が決まったら、絞首台の床を落とすハンドル操作は被害者遺族が行うという法律ができたら、いったい何パーセントの人がハンドルを引けるだろうか。ましてや裁判も人間が行う以上、誤審もある。誤審の冤罪被害者を殺した執行人や被害者の心には、一生癒えない傷が残るはずである。
日本政府が死刑制度反対の方向に動かないのは、「政府は国民の命も奪うことができる」という極限の権限を守ろうとする動きを守る心理に他ならない。
日本国民には、昔の神話から続く「仇討」の精神が根付いている。しかし、世界の先進国を目指すのであれば、死刑制度は廃止するべきである。日本国民は、もう一歩、大人になるべきである。死刑で犯人が死んでも、殺された被害者は帰ってこない。結局やりきれない思いが残るだけである。
犯罪者に被害者と同じ苦しみを味あわせたいという気持ちは、幻想である。火あぶりや張りつけ獄門ならともかく、現在行われている絞首刑は、最も苦しみが少ない死に方とされ、殺人事件で多い、首絞めや、殺傷よりも比較にならないほど楽なのである。死刑でなくとも、例えば癌で死ぬよりも遙かに楽なのである。
現在の「無期懲役」は、20数年も経てば仮釈放になる。このような仮釈放無しの本当の終身刑があれば、死刑制度は必要なくなるし、執行人の苦悩も無く、犯罪者が再び犯罪を犯す可能性も無くなる。一生懲役で働かされたら、これはたまったものではない。少なくとも死刑よりはましだし、犯人は心から反省して刑務所で生涯を終えるだろう。この方が余程建設的だと僕は思う。
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