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2006年12月25日
| のだめカンタービレ最終回が終わった。ハチャメチャな音楽大学でのドラマと思われそうだが、決して絵空事ではない。自分が学生の頃、青春だった頃、桐朋学園大学のハイレベルな学生達によって繰り広げられたドラマは、正に「のだめカンタービレ」だった。みんなが理想に燃えて、世界一のサウンドを作ろうと一生懸命だった。学校の猛反対に屈せず合宿を強行し、カザルスホールでコンサートを行った。学校の授業とは全く関係ない出来事である。皆が理想に燃えて、現実離れのオケが実在したのである。幸い録音が残っているが、今聴いても懐かしい。こんな、けがれの無い純粋な響きは、プロオケでは絶対に出せない。本当に青春の良い思い出である。 |
クリスマスの今日、4人の死刑が執行されたという。一度に4人の執行は9年ぶりとの事。新年を目前にしての大量執行である。死刑制度に関する自分の考えは、先日書いたとおりだが、執行が行われるたびに複雑な気持ちになる。法の厳粛さを思い知らされると共に、「寒気がする」としか言いようがない。
死刑囚にとって、日本の死刑執行は、朝、突然やってくる。前日の晩までは執行されるかどうかわからないわけである。かつては、事前に執行を告知し、「最後の儀式」を行っていた刑務所も有ったようだが(告知から執行までの録音が残っており、テレビで放送された事が有った)、現在は、朝食の後、「運動」が始まらず、刑務所の廊下に大量の足音が聞こえたら絶体絶命らしい。残された時間は一時間も無いのである。
死刑という刑は、執行人がいないと成立しない。執行人にとっても、死刑執行は「突然」やってくる。法務大臣のハンコである。一体どんな心境で捺印しているのか。また、「戦争以外で唯一の合法的な殺人」を行う執行人の心中は、どんなものだろうか。それこそ「生きた心地がしない」のではなかろうか。法務大臣から執行命令が出たら、速やかに「準備」を行い、執行しなければならない。「職業」として「殺人」を行う人の本当の心境は、経験した者でないとわからないのかもしれない。仇討ちの制度があれば別だが、こんな制度は現代にはそぐわない。怨みを持った遺族に代わって「殺人」を行う執行人は、死刑囚に情が湧いている可能性も有り、執行のたびにやりきれない思いになっているに違いない。
「死刑制度」は、法律が持つ、最も大きな矛盾の一つである。「死刑」は「殺人」である。自分は、どんなに間違っても刑務所の刑務官にだけはなりたくない。これからも、この制度について深く考えたい。
[追記]
自分がこのニュースを知ったのはTBSの夕方のニュースだが、NHKの夜7時のニュースでは取り上げられなかった。死刑囚は、ごく一部の例外(早期執行を望む人)を除いて、明日来るやも知れぬ執行に向けて毎日毎日を懸命に生きている。死刑囚は、死刑が確定した段階で、事実上この世から抹殺されるのかと、人の命を軽く見る報道を現実にして、ますます考えさせられた。
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