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2007年 5月
パイレーツの桑田が、怪我を克服し、3Aに昇進するという。思えば不可抗力の捻挫で開幕大リーグの道を断たれた桑田。(同じ中年だが)心から応援している。目指すは大リーグ、頑張れ桑田!!
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凄まじい稲妻と雨である。こんな雷は久しぶり。そういえば、前の時は(いつかは忘れたが)電話とインターネットがおかしくなった。今日は無事を祈ると共に、明日から衣替え、これを境に本格的な春が来ることを望みたい。
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宇野功芳氏がライナーノートを書いている。当時、同時期に録音されたクナッパーツブッシュ盤との比較論争が起こったとの事だが、単純に比較はできない。シューリヒト盤は何とも安っぽい録音技術。現在のデジタルリバーブなど有るはずもなく、安っぽいエコー(リバーブ)がかかっている。これでは今さらデジタルリバーブをかける事もできない。一方、クナッパーツブッシュ盤は、残響が全く無い録音、これなら最新の瑞々しいデジタルリバーブをかける事ができる。
それでクナッパーツブッシュ盤に最新のリバーブをかければ、勝負は歴然。言うまでもない。それでもシューリヒトのブルックナーを否定する気はさらさら無い。ライヴ録音でCD化された第5番は、他を寄せ付けぬ圧倒的名演である上、スタジオ録音の第9番は、録音の問題を別にしても、これ以上の表現は考えられない不滅の名演である。くれぐれも第8番だけでシューリヒトのブルックナーを判断しないで欲しいものである。
クナッパーツブッシュの第3楽章は素晴らしいのだが、デジタルリバーブをかけないと、本質はわからない。そんな中、宇野功芳氏のように、「シューリヒトのアダージョを聴いて心打たれぬ人は、もはやブルックナーとは無縁」といった排他的評論は慎んでほしいものである。第3楽章も、クナッパーツブッシュの勝利である。
最後にEMIにお願い。シューリヒトのブルックナーは不滅の名演である。もし、マルチチャンネルのマザーテープが残っているのであれば、再びトラックダウンを行い、最新のデジタルリバーブで現代に蘇らせてほしい。
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いやはや何とも..TVCMを見るたびに「悪趣味だなぁ」と思っていた金風呂。一個一億二千万円もするらしい。重さ80キロ。盗む方も盗む方だが作る方も作る方である。こんな風呂に入ってどんなご利やくが有るというのか。こんな風呂のどこがゴージャスなのか。豊臣秀吉のような気分になれるとでも言うのか。まあ、盗むのは犯罪だから、見つかって欲しいとは思うが、作った方も自業自得という気がする。
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昨夜はよく眠れなかった。気分が悪い、おなかの調子も悪い。もう最悪。悔しいが、今日はアルバイトを休むしかなさそうである。店長がハードワークを課して僕を試そうとしていると思われるだけに悔しい。しかし、まだ時間はある。最後まで諦めないつもりである。
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今朝から熱が下がらない。アルバイトで冷蔵庫の中で頑張り過ぎたのが原因だろう。このままだと明日のアルバイトは休みということになりそうである。悔しい。どんな事をしてでも明日までに熱を下げなければ。
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何とも痛ましい政治抗争の結末である。現役閣僚の自殺は前代未聞との事。何よりも政治が命懸けである事の証左である。松岡農水相には気の毒だが、これも戦いである。絶対安定多数を嵩にかけて強気にかばい続けた安倍総理の責任も追及されるだろうし、安倍総理は改めて政治の厳粛さを思い知らされたことだろう。武士の情けで松岡農水相を罷免しなかったのは、安倍総理の責任である。これは、以前問題になった柳沢厚生労働相についても同じである。元はと言えば、「なんとか還元水」に端を発するこの事件。意地を張ってかばい続け、緑資源機構の幹部自殺という連鎖自殺も起こった以上、引き際を与えなかった安倍総理の責任は避けられないだろう。組閣の段階から小泉前首相が残した遺産で強気の政治を行い続けた安倍総理は、事の重大さを思い知るべきである。優柔不断にも程がある。安倍政権のどこが「美しい日本」なのか。遺書が有るとの事だが、戦いに倒れた松岡農水相には、謹んでご冥福をお祈りしたい。
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全勝優勝で文句なしの横綱昇進である。日本勢にも頑張ってほしいとは思うが、これは文句なしの横綱昇進である。これから朝青竜、白鵬による二大横綱になり、否が応でも大相撲は面白くなる。白鵬関のこれからに大きな期待を寄せている。
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もう懲りた。今後の音源公開はMP3にするつもりである。Real 社は未だに Windows Vista に対応していない上、Vista対応が遅れている。これは「体たらく」以外の何物ではない。これでは話にならない。MP3でもダウンロード並行再生が可能になった現在、Real にこだわる必要はない。昔はダウンロード並行再生といえばReal 社の独壇場だった。しかし今は違う。
現状のRealによる音楽配信は、聴衆に手間をかけることになり恐縮している。しかし、RealPlayer 自体は優れたプレーヤーである。Windows Vistaユーザー以外には優れたプレーヤーであることに違いはない。Windows Vista は、事実上使い物ならない。Windows Vista が使い物になる頃には、RealPlayer も、Vista 対応しているだろう。「長い目」で状況を見てほしいものである。
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友人の強引な推薦で買ったCD、バレンボイムといえば、桐朋に来た時の印象(ベートーヴェンの「エロイカ」)が悪すぎて、正直言って全く期待していなかったのだが、演奏を聴き終えて涙を拭いている自分に気がづいた。木の温かみを持ったベルリン・シュターツカペレの音色とバレンボイムの劇的表現の絶妙なマッチング。ベルリン・シュターツカペレがこんなにうまいとは思っていなかった。終楽章の弦の音が出るか出ないかギリギリのところで繰り広げられるニュアンスにはしびれた。バレンボイムは一見感情で振っているようだが、この劇的表現は緻密に計算されつくしたもの。先入観念を捨て去って聴いてみるとよい。僕が同曲を初めて聴いたのは、FMで放送されたバーンスタイン/ベルリン・フィルで、それ以来この演奏に支配されていたのだが、この曲からこんな新鮮な感銘を受けるとは夢にも思っていなかった。それもバレンボイムで。それにしても、こんな演奏が「当たり前」なのだから、凄い時代になったものである。
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思えば僕が高校生の頃、1979年、桐朋の夏期講座を受けるために上京し、成績は一位(同点一位がもう一人いたらしい)、暇を見て、渋谷に有ったマンションの一室を借りた小さな輸入レコード店「バイロイト」(後の御茶ノ水レミントン、今どうなっているかは不明)を訪れた。
聞いたこともない作曲家の珍盤奇盤の中、カナダのロココという海賊レーベルのコーナーを発見。盤を物色していたら、我が神ハイフェッツ独奏、エフレム・クルツ指揮ニューヨーク・フィルによるライヴでモーツァルトの協奏曲第5番のレコードを発見、躊躇なく購入した。家に帰り、モーツァルトを聴いて、ライヴならではの熱い演奏に「やはりハイフェッツは素晴らしい」と再確認。それでB面を見ると、聞きなれない作曲家の協奏曲、「コルンゴルド?」という感じで、半信半疑で針を下ろした。一度聴いただけで魅せられてしまった。曲想からハイフェッツの愛奏曲であることはすぐにわかったが、とにかく技術的に大変で、簡単に弾ける曲ではない事もわかった。
多分、広まらなかったのは技術的に難しいからだろうと簡単に判断(映画音楽への偏見など考える由もない)、挑戦するにはもってこいの曲。すぐに楽譜屋(ヤマハ)に行き、「コルンゴルド」のヴァイオリン協奏曲が欲しい、と言っても、店員も分からない、「コルン・ゴールドですか?」など押し問答の末、「コルンゴルト」という正式名称を発見、ショット社から出版されているが入荷するかは分からないとの事、その後入荷し、楽譜は手に入れたのだが、当時師事していた岸辺百百雄先生に、伴奏譜と録音テープを添えて、「教えてください」と頼んだのだが、「知らない曲は教えられない」と断られてしまった。今思うと、岸辺先生は知らなくても挑戦するべきだった。世紀の名曲「コルンゴルト」のヴァイオリン協奏曲を日本で初めて教えた先生という名誉を得られたのだから。
その後、桐朋で江藤俊哉先生に師事し、先生にとことんまで「コルンゴルト」の協奏曲を学んだ事は、「私とコルンゴルト」に記しているとおり。あれやこれやで日本初演まで漕ぎつけた。
あの日、レコード店「バイロイト」に行かなければ、コルンゴルトとの出合いは無かった。誰かが僕より先に当該レコードを買っていても同じである。コルンゴルトとの出会いが自分の人生を変えた。人生とはかくも数奇で綱渡り的なものか、今考えても、きわどい出会いに背筋が寒くなる思いである。
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一審と二審では無期懲役になったが、最高裁が差し戻し、死刑になる可能性が高まった。残された本村洋さんは、さぞかしつらかったと思うが、どうしてそこまで「死刑」にこだわるかは、ちょっと理解しかねる。犯人が死刑で死んでも、殺された二人は帰ってこないのである。本村さんには気の毒としか言いようがないが、ここは冷静に死刑にこだわらず、もう一度「死刑」について、考えてほしいものである。今の本村さんには、犯人の死刑以外頭に無いと思われるが、犯人の死刑が執行されても、結局空しい気分しか残らないのではないか。
本村さんには、最後にもう一度、殺された奥さんと子供さんが、犯人の死刑を望んでいるかを考えてみて欲しい。
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今日のニュースで、牛や鶏を生きたまま虎に与え、ショーにしている光景を見て考えさせられた。人前だろうが秘密だろうが、生きた生物を殺して食べているという意味では動物も人間も同じである。このショーは安易に否定できない。地球上のあらゆる場所で、動物同士の生存競争が行われている。ショーであろうが何であろうが同じである。ベジタリアンの人を除いて、動物を殺して食べているという意味では人間も同じである。残念ながら僕はベジタリアンにはなれない。人間は罪深い肉食動物である。仏教では「業」(ごう)と言うが、自分が生きている影には、動物たちの苦しみがあるということは、心しておくべきである。
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大分慣れてきた。しかしそれでも普通なら2時間50分で済ませなければならない仕事が3時間20分かかった。今日は飲料が異常に多かった。30分オーバー。それでも今日は朝から腰が痛かったので、大丈夫かと思っていたが、なんとか最後まで仕事をやり終えた。今日から値札を張る作業が大幅に減った。最初は知らずにコツコツと貼っていたのだが、貼らなくて良いことがわかり、これで来週からはかなりスピードアップができそうである。今日は最後に店長さんが段ボールの片づけを手伝ってくれた。感謝。しかし、4週目で30分オーバーとは情けない。念のため、店長さんに「クビにしないでください」と言っておいた。
それでも、昔、新日本フィルで弾いていた頃は、毎日こんな感じだったので、それに比べれば楽だし、いじめなどの精神疲労も今のところ無い。店長さんに、「毎日これくらい働けば痩せるんですけど」と、暗に仕事を増やす事をお願いしておいた。唯一の不満は、収入が少ないことである。これでは、2週間に一度のマッサージ治療で消えてしまう。
なんだかんだ言っても、なんとか首だけはつながっているというのが現状である。みんな頑張って働いているのだ。僕も頑張らなければ!!
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記憶が消えないうちに書かなければ。スポーツ大会で初恋の人に再会した夢を見た。今頃は結婚して幸せな家庭を築いていることだろう。自分が優柔不断だった。今でも初恋の人、I.Hさんへの想いは変わらない。その後、一旦目が覚めて、今度は未来の夢の超特急に乗った夢。昨夜(神社の恐い儀式の夢)といい今日といい、夢がやけにドラマティックでリアルである。昨夜の夢は、正夢は勘弁だが、今日の夢は、正夢にならないかなぁ。
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私のページのアクセス解析を見る限り、Windows Vista によるアクセスは極めて少ない。実際、自分も知人には Windows Vista をインストールしないように勧めている。こんなバグだらけで対応していない重要なソフトが多い OS を、とても使う気にはなれない。自分の場合は、WaveLab、Easy Media Creator 8(9 は話にならない)、RealPlayer など、Vista に対応していないソフトが多すぎて、とても Vista を使う気にはなれない。このような混乱は、ソフトウエアが 32 ビット化した時にも起こったし、Windows2000 の時にも起こった。
現時点で Windows Vista を使っている人は、何らかの「我慢」をしながら使っているはずである。こんな OS が普及するとは思えない。Vista ユーザーには、躊躇なく WindowsXP に戻すことをお勧めしたい。
マッキントッシュの Windows をターゲットにした挑発的な CM は印象的だったが、本当にマックはそんなにいいのだろうか。使っていないので何とも言えないが、ソフト開発が、そんなに甘い世界とは思えない。ましてや信頼性が最重要の基本ソフトに関しては、メーカーも本腰を入れて、パフォーマンスとコンパチビリティを追及して欲しいものである。
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まず、ショッキングだったのは、TBS ニュース23 の筑紫哲也アナの癌告白と「帰ってきます」という言葉が最後の休養。筑紫さんはヘビースモーカーだったらしいが、肺癌は怖い。僕もヘビースモーカーだったが、3年前に止めた。その代り太った。何とかせねば。筑紫アナの復帰を願ってやまない。
もう一つは、言わずと知れた、立てこもり事件の解決。夫婦のもめ事をここまでエスカレートさせるとは言葉を失うが。尊い命が一つ失われた。これで犯人は、一生重い荷物を背負うはめになった。失われた命は帰ってこない。取り返しのつかないことをした事を、犯人が自覚し、刑に服して損害賠償をして欲しい。
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| Roxio Easy Media Creator 9 |
バンドル版は知らないが、製品版は絶対に買ってはならない。バッファーオーバーランのエラーが頻発し、アメリカで公開されている秘密のパッチを当てると、バッファーオーバーランは起こらなくなるが DVD が再生できなくなる。パッチの存在を教えてくれた電話サポートのねえちゃんは感じ悪かった。バッファーオーバーランはデバッグルーティンが起動するから明らかなバグ。回避する方法はただ一つ。MSCONFIG で、スタートアップを全て無効にしてからインストールする。これで解決したかと思ったら、今度は WaveLab で CD 書き込みが出来なくなっていた。アンインストールしても治らず、OS をクリーンインストールする羽目になった。とにかくこんなバグだらけのソフトを堂々と売る神経を疑う。皆様に声を大にして言いたい。Roxio Easy Media Creator 9 は買ってはいけない。ちなみにプレクスターの光学ドライブにバンドルされていた Roxio Easy Media Creator 8 は、パッチを当てることにより今のところ安定して動作しているが、Windows Vista には対応していないらしい。まあ、問題山積の Windows Vista をインストールすることはまず無いだろうから、当分これで使うつもりである。Windows Vista は DVD デコーダをデフォルトで備えているので、Roxio は必要無い。いずれにしても、製品版 Roxio Easy Media Creator 9 は購入しないことである。この書き込みが悔しければ、Roxio は一刻も早くパッチを公開せよ。
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フルトヴェングラーのブルックナーについては、4番と5番(独協会盤で記憶が曖昧)は知っている。いずれも名演である(4番は改訂版ではあるが、スケルツォ再現部のカットを行っていないのは「見識」である)。しかし、宇野功芳が酷評する8番を聴かなければ、何も言うことはできない、というわけで、フルトヴェングラーのブル8を買った。1949年ベルリン・フィル、EMI。
フルトヴェングラーは、ここで、彼がベートーヴェンやブラームスに対峙するのと同じスタンスでブルックナーを振っている。その意味では壮絶なまでの圧巻で凄まじいブルックナーで、戦後のフルトヴェングラーで、これほど劇的で激しいのも珍しい。ただ、これが「真の」ブルックナーかというと、疑問符を提示せざるを得ない。クナッパーツブッシュの歴史的名盤(ただしデジタルリバーブをかけないと真価はわからない)を聴いた後では、何となくスケールの小さい表現に聴こえると言えなくもない。しかし、良くも悪くもここまで徹底した演奏は無い。自分が評論家だったら、クナッパーツブッシュの対極にある演奏として推薦するだろう。フルトヴェングラーのブルックナーはこうでなければならない。これも、「ブルックナー」である。その意味で、この演奏は存在価値がある。宇野功芳の酷評は的を得ていない。宇野功芳も、いくら嫌いでも存在意義まで否定するような評論は自粛してほしいものである。
一方、クナッパーツブッシュ盤は、オリジナルの残響が全く無い状態では真価が分からないので、準推薦といったところ。
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コンビニのアルバイト3週目。僕に与えられた仕事は、入荷した飲料(ソフトドリンク、酒、牛乳、茶、ヨーグルト、プリン、その他飲料類)の検品と陳列。これがデブの僕にとっては想像を絶する重労働。特に冷蔵庫の中に入って飲料を整理する作業は大変。冷蔵庫の中で汗をかくのだから、如何に重労働か想像できると思う。だいたい店長も意地が悪い。採用面接では簡単なレジ作業だけをさせ、採用したら安い賃金で重労働を課すのだから。ナメられたものである。それでも、プレッシャーがかかるオーケストラのコンマスよりはいい。プライドはとっくに捨てた。収入が少ないのが難点だが、精神疲労より肉体疲労の方がいい。「働いた」という実感を得られると共に、体もほぐれる上、精神疲労は無い。
しかし、3週目にして、ようやく仕事らしい恰好がついた。これでも完璧には程遠く、序の口でまだまだ研鑽が必要。ハードワークは痩せるから大歓迎だが、果たして一人前になれるのか。とにかく今の自分に大切なのは、収入云々より「働くこと」。みんな汗水たらして働いて、頑張って家族を育てている。僕も頑張らねば。その前に、クビにならないか心配だが。
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難しい問題ではある。しかし言いたい。「育てられないならセックスするな!!」。避妊技術も発達しているのに、どうしてこんなやりきれない子供が生まれるのか理解に苦しむ。種が無い所に子供はできないのである。世のカップル諸君は心するべきである。無責任にも程がある。子供は乳幼児ではなく3歳というからこれは事実上の育児放棄である。いい加減にしろ!!本当に腹立たしい話である。
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見事である。過去の書き込みからもわかるとおり、どんなに打たれても心配していなかった。これからが本領発揮。勝ち星を重ねていくことだろう。
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今、テレビに「ギャル曽根」という若く可愛い女の子が出ているのだが、この子の食い意地が半端ではない。あんなに食べて、どうして太らないのだろう。「痩せの大食い」とはよく言ったものである。そういえば、テレビ東京系の「TVチャンピオン」で、大食い王者として名を馳せた赤坂さん(だっけ)は、今、結婚してどうしているのだろう。ギャル曽根と赤坂さんで対決させてみたいものである。
[後日加筆]
その後友達からの情報で知ったが、ギャル曽根は何年も前から有名で、赤坂さんにも余裕で勝利したらしい。あれで太らないとは、いったいどんな胃の構造になっているのか。爪の垢でも煎じたい。
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| 「トムとジェリー」をはじめとする MGM カートゥーン |
「トムとジェリー」と、「トムとジェリー真ん中」の素晴らしさについては既に書いたが、自分がコレクションしているビデオテープが九州の実家に有り、YouTube にアップできないもどかしさを感じている。実家に帰る機会があれば、何をおいても持ち帰り、トランスグローバルによる素晴らしい吹き替えのビデオを YouTube で公開するつもりである。現在版権を持っているワーナーにとっては面白くないかもしれないが、現在 DVD で発売されている「トムとジェリー」の吹き替えは、トランスグローバル版を知っている者からすれば、とても見るに堪えないものである。「トムとジェリー」は「芸術」だが、トランスグローバルの吹き替えも「芸術」である。この辺の事情も鑑みた上で、YouTube でのトランスグローバル版公開については、ワーナーにも大目に見てほしいものである。そして、できるものなら、トランスグローバル版の音声で、「トムとジェリー」が現代に蘇る事を願ってやまない。厚かましいのを承知で、お持ちの方にリクエスト、「トムとジェリー」の「夢と消えたバカンス」のトランスグローバル版を、どなたか YouTube にアップお願い致します。
YouTube にアップされる方々にお願いしますが、キーワードに Tom, Jerry 等の横文字を入れないようにお願い致します。英語が入っていますと、ワーナーに見つかって削除されてしまいます。
[後日加筆]
YouTube に「夢と消えたバカンス」がアップされていた。このリクエストに応えてくださったのかは定かではないし、どこの誰かは存じませんが、ありがとうございました。
[後日加筆]
また YouTube で大量削除が行われたようである。理由はワーナーからのクレーム。残っているのもあるのに、どうして特定の話ばかり削除されるのか理解に苦しむ。繰り返し言うが、トランスグローバルの吹き替えは貴重である。ワーナーには太っ腹になることを願いたい。
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カール・ベームとエフゲニー・ムラヴィンスキーの生を聴けなかったことは、自分の音楽人生最大の痛恨事だが(ワルター、トスカニーニ、フルトヴェングラーは、生まれる前なので仕方が無い)、その代り、クライバーとチェリビダッケは思う存分聴いた。現在の自分の音楽作りに、この二人の影響ははかり知れない。
真の「名人」、「巨匠」と呼べる音楽家は、現在、残念ながらいなくなってしまった。何物をも超越した素晴らしい音楽づくりが出来る音楽家の出現を願ってやまない。
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このところ、死刑だ、自殺だと重い話題が続き、方向転換したら、今度はクラシック音楽のCD、DVDの感想と、一般受けする話題からはかけ離れており、読者も減った。これからはもっと一般の視点から、感じた事を書いていこうと思う。
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レッドソックスの松坂である。前回のノックアウトでは心配になったが、今日、ようやく本領発揮した。これからも、この勢いで勝ちを重ねてほしいものである。
ところで、何かに付けて出てくる1億ドルという金額。はっきり言うが、松坂は気にする必要は全くない。他人が出した評価なのだから、松坂にはそれだけの価値がある。
後は、マイペースで「自分の投球」を続けてほしい。そうすれば、きっと前途洋々である。
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クライバー1979年バイエルンの「ばらの騎士」DVDが届いた。思えばNHKで放送されたものを録画し、後生大事に持っておこうと思っていた映像。このような形で発売されたのは喜ばしい限りである。
ここでのクライバーは、彼がいうところの「最も自分の意思を音にしてくれるオーケストラ」であるバイエルン国立歌劇場管弦楽団(技術的には少し難があるが、これに比べるとウィーン・フィルでのクライバーは少々よそ行きの印象を受ける)で、思う存分指揮を楽しんでいる。こんなにかっこいい指揮者は後にも先にもクライバーだけだろう。若くして亡くなったルチア・ポップのゾフィー、同い年のファスベンダーのオクタヴィアン、共に素晴らしい。これに比べると、94年のウィーン盤は、良くも悪くも「枯れている」。これを是とするか非とするかは人それぞれだが、僕は「非」である。バイエルンでのクライバーこそ本当のクライバーである。VPOとしては、カラヤン壮年期のフィルムを見たばかりだけに、余計に気になった。
思えば僕の実体験。81年スカラ座の「オテロ」での、流れる溶岩のような音の洪水、全て聴いた86年バイエルンでの、一階最前列で見た指揮棒が床に付くのではないかというダイナミックな指揮ぶり、88年スカラ座「ボエーム」での、リリックとダイナミズムの絶妙な対比。これに比べると、94年ウィーンの「ばらの騎士」は、明らかに枯れており、悪く言えば衰えている。まあ、一般的なレベルで見れば超名演だが。
繰り返しになるが、あのような音楽づくりは円熟のしようが無いのである。あのダイナミックな指揮ぶりが有ってこその芸術であった。晩年のクライバーが指揮台に上がらなくなったのは、あのダイナミックな指揮が出来なくなったからに違いない。その意味で、脂の乗り切ったクライバーの生に何度となく接することができた自分は、本当に幸せだったと思う。
音は波打っているが、1979年バイエルン「ばらの騎士」序奏である。じっくり聴きたい人は、DVDを買ってください。もちろん音の波打ちは無い。
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アルバイト二週目。先週よりは速くなったが焼け石に水。30分オーバーで片付かなかった。来週が勝負。三度目の正直で、何時までかかっても全ての仕事をやり上げるつもりである。
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| クナッパーツブッシュのブルックナー第8番(その2) |
先日買ったクナッパーツブッシュのブル8は、録音があまりにもデッドでブルックナーを楽しむには根本的条件が欠けていた。そこで、Vincent Burel 氏の Aphro-V1.5 というリバーブソフトを使い、生々しい残響を付加した。この Aphro というリバーブソフトは長い間使っているが、瑞々しく自然で生々しいリバーブがかけられる非常に優れたものである。WaveLab と Vincent Burel 氏のプラグイン(昔は安価なシェアウエアだったが、現在は USB キー(ドングル)が付いて値段も跳ね上がった。ソフトの性能を考えれば妥当ではあるが..174 ユーロの C-Limiter は、昔はフリーソフトだった)で、無敵の音楽編集+CDマスタリングシステムが出来上がる。
さて、瑞々しい音に生まれ変わったクナッパーツブッシュのブルックナー第8番だが、(第一ヴァイオリンが中央付近に定位するという問題は有るにせよ、中抜けステレオよりはマシである)これは他を寄せ付けない圧倒的極めつけの名演である。マタチッチやヨッフムが束になってかかってもかなわない圧倒的スケールの音楽づくりは、ほかの指揮者からはちょっと求められない。
リバーブのシステムを持っていない人にはお勧めできないが、持っている人には、こんな音作りが面白い(結果が物凄い)ソースも珍しい。この上なく面白い CD である。
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1994年、ウィーン国立歌劇場ライヴ。クライバーの「ばらの騎士」といえば、1979年バイエルン国立歌劇場ライヴが有名だが、ここでのクライバーは、衰えが著しい。少なくともクライバーに関しては、バイエルン盤に全く及ばない。2幕のワルツでは、舞台ではなくクライバーがアップになるが、クライバーは全てをオケに任せた最低限度の棒振りで、出てくる音も浮世離れしたバイエルン盤に全く及ばない。クライバーがこの世を去った事はこの上なく残念だが、その伏線は、すでにここに表れていた。あのような音楽表現は円熟のしようがない。あの音楽づくりは、クライバーのダイナミックな指揮振りでこそ実現したのであるが、ここでのクライバーに、あのダイナミックなタクトは無い。期待外れであったと共に、あのクライバーの芸術が、時代や、慣習を超えたところで燦然と輝いていたことを改めて感じた。カラヤン壮年期のフィルムを見た後だけに、余計気になった。クライバーの全盛期は1970年代後半から1980年代であった。クライバーの「ばらの騎士」を楽しみたければ、79年バイエルン盤を推薦したい。
[後日加筆]
信頼できる筋からの情報によると、ウィーン国立歌劇場日本公演でのクライバーの「ばらの騎士」二日目は、クライバーが「これ以上の『ばらの騎士』は振れない」と言い、クライバーの生涯最後の「ばらの騎士」となった最高の上演で、伝説的な名演がプライベートDATで保存されているという。一度聴いてみたいものである。
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残響が全く無い録音。笑ってしまうほど残響が無い。本来ならこれでアウトである。しかし、クナッパーツブッシュの豪壮な演奏はここで開花した感を受ける。デッドな録音のために、最後まで楽しめなかったが、各音像の定位は明確で、音質自体も生々しく混濁も無いので、良質なデジタル・リバーブをかければ鑑賞に堪える音になりそうである。暇な時に試してみようと思う。この改訂版は、比較的原典版と違いが少ない。
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歴史的なドキュメントである。最初にオルガンで始まって、ミサの典礼と共にモーツァルトのレクイエムが演奏された。凶弾に倒れたケネディ元大統領を偲ぶミサとしては雰囲気抜群。会場が教会大聖堂なのも雰囲気に拍車をかけている。
さて、ここでボストン響を振っているラインスドルフだが、悲しい雰囲気の中でただ一人孤立している。オケの力演で救われているが、やはりラインスドルフはラインスドルフである。教会の残響やコーラスの力唱に惑わされてはいけない。オーマンディもそうだが、オーケストラ・ビルダーとしては大した力量を持っているのに、自分で振るとなると、つまらない演奏しかできない。ラインスドルフの宿命である。唯一の傑作は、コルンゴルトの「死の都」。この複雑なスコアを限られたリハーサルであそこまで音にできる指揮者はちょっとそこらにはいない。また、オーマンディもそうだが、名手と共演すると音楽が豹変する。オーマンディの伴奏のうまさは言うに及ばず、ラインスドルフも、FMで放送されたベームの代役で振ったグルダと共演したモーツァルトは素晴らしかった。しかしそれにしても、ボストン響なのだから、もし指揮者が前任のミュンシュだったらと惜しまれる。
しかし、このCDの価値は、そんな重箱の隅をつつくような類ではない。全米が悲しんだ歴史的大事件を偲ぶ、他に類のないドキュメントである。指揮者がラインスドルフと言われなければ、オケの力演により素直に名演として受け入れたかもしれない。
それだけ自分には、「ラインスドルフ」と聞くだけで拒絶反応を示すようになっている。安全運転しかできないダメ指揮者。世界中にショックを与えたこの事件。ラインスドルフは冷めているが、オケとコーラスは一世一代の演奏をしようと燃えていたに違いない。オーケストラとコーラス、それにソリストに「ブラヴォー!」である。
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LPでは持っていたが、傷をつけて手放してしまった。カラヤンの「ばらの騎士」を買った時に、1000 円だったので、ついでに買ってしまった。
ブルックナーは、交響曲第5番では、いつもの改訂癖はそこそこに、最終稿を出していたのだが、フランツ・シャルクが初演するときに、勝手にカット、打楽器やバンダの追加(特にシンバル)、オーケストレーションの大幅な変更を行い、凝縮されたブルックナーの真骨頂は見事に破壊され、大変な代物になっているのだが、クナッパーツブッシュは敢えてこの改訂版で演奏している。ハース版が世に出たのが1935年だから、これは怠慢以外の何物でもない。チェリビダッケの超絶的な名演に触れた直後だけに余計気になった(あと、シューリヒトの超人的な表現も)。
僕が聴いたクナッパーツブッシュのブルックナーは3,4,5番だが、全て改訂版であり、比較的ノヴァーク版と違いが少ない3番を除いては、全く評価できない(逆説的に見れば、改訂版という事で希少価値が有る。その意味では名演ではある)。こんなブルックナーを「最高だ」と絶賛する某U評論家の見識が疑われる。8番を聴いていないので、評論する立場には無いのかも知れないが、僕は、CDになった某U評論家が振ったブル8で第二ヴァイオリン首席を弾いていたから、大体のU評論家の理想はわかる。それでも楽譜に忠実に各セクションを際立たせることが最も大切なブルックナー表現に於いて、クナッパーツブッシュの表現は許しがたいものがある。
権威に弱い日本の音楽ファンたちは、目を覚ます時が来ている。某U、つまり宇野功芳は、レコ芸で交響曲を担当するまでに出世したが、久しぶりに買ったレコ芸で読んだ宇野氏の評論は、事なかれ主義の極致。世のバカ評論家たちと同じく、ろくにCDを聴かずに書いているのではないか。評論をやりたくてたまらない世のバカ音楽ファンたちは、もう一回冷静になって、音楽評論という仕事が如何にいい加減なものかを思い知るべきである。冷静に読めば、ごく一部の例外を除いて、単に単語を並べただけのダラダラと長い駄文である事がわかる筈である。
僕は、レコ芸をはじめとする音楽雑誌は、自分が載っている号を除いて一切読まない。レコード、CDを数千枚も集めれば、そんな雑誌に左右される事なく、買うべきCDは店頭でオーラが出ているから、間違いない選択が出来る。注目の新譜は、アマゾンやタワーレコードから案内メールが届く。バカ評論家たちに踊らされることもないし、評論家になりたいとも思わない。まあ、依頼が来れば文章を書くかもしれないが。
世のにわか評論家(音楽ファン)諸君は、もう一度冷静に、演奏に対峙する必要があるし、安易に文章を雑誌に投稿しないことである。笑い物になるだけだから。音楽雑誌の編集者がせせら笑いながら編集している姿が目に浮かぶ。そもそも音楽を言葉で表現することなど不可能なのである。
いくら弾いたからと言って、聴いていないCDについては何も書けない。クナッパーツブッシュのブルックナー第8番を注文した。どんな演奏かは大体想像がつくが、自分が体験した宇野の音楽づくりは全くもって音楽初心者、素人であったことを、ここではっきりと書いておこうと思う。
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今日は、日本国憲法が施行された日、「憲法記念日」である。安倍総理の肝いりで、憲法改正論議が高まっているが、世論というのは一度動き出すと止まらないから怖い。「占領軍が作った憲法」だから作り直すというのが筋だが、何も占領軍に一方的に押し付けられた憲法というわけではない。日本の意見も多数入っている。主権在民、基本的人権の尊重など良い部分も多い。問題の第九条だが、これは本当に難しい問題である。改正したいという気持ちもわからないではないが、現状で顕著な問題が生じていないのであれば、そのままでいいのではないかという気持ちも有る。ただ、日本は近くに「北朝鮮」という「爆弾」を抱えている。極東有事が起きた時に、アメリカは本当に100%守ってくれるのだろうか。自衛隊は戦闘行動が出来るのだろうか。
少なくとも言える事は、日本に「自衛軍」が出来たとしても、自分は参加したくない。徴兵制などもってのほかである。今さら死ぬのが怖いわけではない。しかし、死ぬのなら戦地でなく日本の国土で死にたい。
せっかく「憲法記念日」なのに、ニュースなどの取り上げ方は小さい。まだ日本には危機意識が不足している。北方領土問題、拉致問題など、日本は困難な国際問題をたくさん抱えている。一つ間違えれば「戦争」である。憲法の「改悪」などもってのほかだが、「改良」に期待したい。
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「心的外傷後ストレス障害」、通称 PTSD、厄介な病気である。両親を自死で、それも母親は焼身で亡くした自分が PTSD にならない筈がない。
警察で変わり果てた母と対面。身元を確かめた後に霊安室を出たのだが、「このまま母と別れたのでは絶対に悔いが残る」と思い、警察官に「もう一度母に会わせてくれ」と頼み、警察官は「いいんですか!?」、「はい」、それでもう一度母と対面し、母の額に手を当て(焼け焦げてカチカチだった)、目を閉じ、「お母さん、ありがとう」と、心の中でつぶやいた。このカチカチの感触が頭から離れず(母親は生前はふくよかだった)、いつも体に火が付いているような痛みを感じ、体が硬直して動かない。これを医者に話すと、「典型的な PTSD です」との事。
これは今も続いている。この苦しみは体験したものでなければわからない。精神療法と薬物療法を行っているが、一向に治る気配がない。向精神剤、抗不安剤、抗うつ剤、SSRI など色々試したが駄目で、「もうだめか」と思っていたところ、ある知り合いから、現在注目されている特効薬というものを教えてもらい、さっそく処方してもらって飲んでみた。本来精神系の薬ではない。体中が痛くて心臓が締め付けられる苦しみの、少なくとも心臓が締め付けられる苦しみは緩和された。こんな明確に効果を感じた薬は初めてだった。
これからも大量の薬と共にする生活は続くのだろう。病院の先生によると、これ以上は処方できないほど強い処方との事。副作用も出ているが、PTSD の苦しみはとにかく耐えがたい。これからいつまで続くのか。考えるだけで頭が痛くなる。最も強い薬は現在自分の判断で飲んでいない。動作が緩慢になり、仕事が出来ないからである。薬は貯まる一方。すでに致死量貯まっている。僕は、すでに致死量の向精神剤を貯め込んだ。捨てようにも捨て切れない。「いつでも死ねる」、この事で、自分は心の安堵を得ている。
自分が克服できていないのに偉そうなことは言えないが、自分が「PTSD」ではないかと思ったら、とにかく医者に相談すること。その場しのぎでも、薬で楽になるのであれば、その方が良い。自分で全てを飲み込もうと思わないこと。精神的ショックは根が深い。自分ひとりで解決など不可能である。まず、医者に相談すること。僕に言えることは、これだけである。
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カラヤン1960年ザルツブルク音楽祭の「ばらの騎士」のDVDを買った。映画で見て知ってはいたが、とにかく1956年のEMIの録音で不満だったオーケストラがウィーン・フィルで、ゾフィーがローテンベルガーになっている、まさに夢の上演だった。カラーフィルムで記録に残ったという意味では、フルトヴェングラーの「ドン・ジョヴァンニ」と並んで、パウル・ツィンナーの偉業である。
今回見て聴いて驚いたのは、音がステレオになっていることである。最初は疑似ステレオかとも思ったが、よく聴くと、各セクションが明晰に定位する真正ステレオである。これでEMI盤は必要なくなった。
それにしてもシュヴァルツコップの元帥夫人の素晴らしさ、ユリナッチ、ローテンベルガーは言うに及ばず、エーデルマンの上品な名演技、脇を固めるクンツのファーニナル、壮年期のカラヤンの颯爽とした音楽づくり。「ばらの騎士」といえばカルロス・クライバーも印象的だが、このカラヤンは勝るとも劣らない。一世を風靡した名指揮者の最盛期をカラーで記録しているという意味でも貴重である。
カラヤンが晩年にザルツブルクで上演した「ばらの騎士」は衰えが著しかったが、このフィルムが有る限り、カラヤンは不滅である。
フルトヴェングラーの「ドン・ジョヴァンニ」と並ぶ名作フィルムが、最高の画質と音で蘇っているのを見て心から嬉しかった。
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近所のコンビニでアルバイトを始めた。今日が初日。いきなりハードな肉体労働。慣れた人より2時間オーバーとの事だが、何とか一通り働いた。少なくとも精神疲労より肉体疲労の方がいい。時給が安いのが難点だが、頑張れば時給も上がるだろう。コンサートマスターの精神疲労は想像を絶するものがあるが、コンビニは一人黙々と働けばいいわけで、精神疲労は無い。肉体疲労は一晩寝れば治る。精神疲労はヴァイオリンの現役バリバリで弾いていた頃の疲労が今も残っている。10年以上経った今でも残っているのだから大変なプレッシャーだった。コンビニの世界にも「いじめ」は有るのだろうか。いやいやこれは今考える事ではない。あとは根性。とにかく根性。下積みから始めて少しずつ登っていこうと思う。
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相変わらず、「軍艦マーチ」、「軍艦行進曲」など、「軍艦マーチ」関係のキーワードで自分のページに来る人がいるが、私のページに「軍艦マーチ」は有りません。どうしても聴きたい方は、こちらをどうぞ。それにしても、「軍艦マーチ」は名曲だ...
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