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今日は、衛星ハイビジョンで午後一時から7時間、ベルリン・フィルの演奏尽くしで楽しんだが、反面、聴きながら複雑な気持ちになった。
カラヤンと、名コンマスだったシュヴァルベが作り上げた、華麗なカラヤン・サウンドは、もはや現在のベルリン・フィルには無い。かと言って、フルトヴェングラー時代の重厚なドイツ・サウンドでもない。有るのは多国籍メンバーによる国籍不明の音色とドイツ・オケ特有の鈍重さである。特に、たくさんの血が混じってしまった事による響きの統一感の無さは、ウィーン・フィルと好対照である。今後ベルリン・フィルがどのような道を歩むのかは推し量れない。
現在の首席指揮者はラトルだが、「展覧会の絵」からは何の感銘も受けなかった。ラトルと言えば、ウィーンに行った時に、ウィーン・フィルとのリハーサルを朝から夕方まで楽友協会で聴いたのだが、残念ながら、あのようなリハーサルでは、大きな期待は持てない。事実、数枚聴いたCDも期待外れであった。
結果として、「世界一のオーケストラ」という触れ込みのベルリン・フィルは、レベルダウンしたと結論付けざるを得ない。絢爛豪華なカラヤン・サウンドも、フルトヴェングラー時代のドイツ魂も失われてしまい、もはや「世界一」ではなく、「普通」のオーケストラに成り下がってしまった。今、ベルリン・フィルに必要なのは、フルトヴェングラーやカラヤンに匹敵するカリスマ性を持った、国籍を超越した独自の響きを作れる強力な統率者だろう。
この番組で最も印象的だった演奏は、唯一知らなかった曲。ショスタコーヴィチの交響曲第八番であった。ドイツ出身で、旧ソ連においてムラヴィンスキーの薫陶を受けたザンデルリングが貫録満点のタクトで、初めて聴く「名曲」を印象深いものにした。それ以外の演奏は、フルトヴェングラーを除き、概して印象に残らなかった(カラヤンは映像演出過剰)。特に、癌の手術明けのアバドは痛々しかった。
それにしても、ヨーロッパの空気が懐かしい。どうして極東の島国の、それもド田舎に生まれてしまったのか。家族にも恵まれなかったのか。父親の妨害暴力によるPTSDさえ無ければ、まだマシな人生を歩んでいただろう。恵まれた人生を歩んだ人が羨ましい。
ヴァイオリンにしても、江藤先生に弟子入りするまでの自分は、本当の自分ではない。江藤先生に才能を開花させてもらわなかったら、自分はスケールの小さい中途半端なヴァイオリン弾きになっていただろう。せめて東京に生まれてもっと早く江藤先生と出会っていればと、これは悔やんでも悔やみきれない。
僕はヨーロッパで「日本人離れ」と言われた。そんな僕の演奏が、日本でウケる筈が無い。もしヨーロッパに生まれ変われるものなら、今すぐにでも死んでしまいたい。
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