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報道ステーションを見ていたら、昭和天皇に30年付き添った侍従の日記が明らかになったという。自分にとっての昭和時代は、子供時代から学校を出てプロの音楽家の駆け出しまでだが、母が能天気に話すことを聞くとゾッとする。
母の父、つまり僕の祖父は、満洲に土地を持っており、母は子供のころに満州に遊びに行ったことがあるという事である。母は1940年生まれ。まだ幼い頃。母は最後まで事の重大さが分かっていない様子だったが、一つ間違えれば中国残留孤児になっていた。日本に帰って終戦を迎えたから良かった。
僕は、母の父、つまり母方の祖父が自民党の市議会議長であったために、子供の頃から「自民党が全て、共産党はいけない」と教え込まれた。父は典型的な戦前派で、右寄りの雑誌ばかり読み、僕が初めて覚えた漢字は自分の名前ではなく「天皇」だった。父によると、大東亜戦争はアジアの植民地を解放するための戦争で、南京大虐殺も従軍慰安婦問題も作り話だというのである。
無邪気な子供だった僕は素直に受け入れていたが、自分が選挙権を持つ年頃になって、「どうも変だぞ」と思い始めた。祖父や父から教え込まれた(刷り込まれた)考え方に疑問が生まれたのである。そこで、その疑問が解けるまでは選挙には行くまいと決めた。ただ一度の例外は、保守系一騎打ちで故郷唐津市を二分した市長選挙で、一方の候補を応援していた祖父の「とにかく行ってくれ」という頼みで選挙に行った。僕が票を投じた候補が勝ち、投票率は97%だった。
その祖父が、死ぬ前に僕に言ったこと。「白票でもいいから選挙には行くこと。国民に与えられた唯一の参政権なのだから、行かなければ罰が当たる」という言葉。祖父が死ぬまでは大した事とも思わなかったが、偉大な祖父が亡くなって真っ先に思い起こされるのは、この言葉である。言わば、祖父の遺言である。
それ(祖父の死)以来、選挙には必ず行くことにしている。だれに投票するかは、その都度考える。僕は無党派である。これを読んでいる人たちには色々な考えを持った人がいると思う。でも、選挙には行こう。選挙に行かない事は、参政権を拒否することになる。選挙に行かない人は、間違った方向に向かっている国に対してもの申す事も出来ない。白票でもいいのである。とにかく選挙には行く。これが今の僕の信念である。
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