その他/日記など: 2008年8月アーカイブ

 TBS土曜夜のおなじみの番組「ブロードキャスター」で、まさに「驚異」としか言いようが無い「象」が紹介された。その名も「絵を描く象」。と、ここまで書いても、殆どの方は、単に筆が暴れているような絵とも呼べない落書きのような代物を予想するだろう。僕もそうだった。

 ところが、この像は巧みに3色を使い分け、鼻で赤い花をかざす見事な「象の絵」を描いたのである。その驚きたるや、生まれてこのかた経験が無いような、まさに「驚異」としか呼べないものであった。本当に天地が引っくり返る程の驚きであった。この象は、物の形を覚えるという特殊能力を持っているのであった。

 早速知人に電話。「今、ブロードキャスター見てた?」、「見てない」、「実はね、象が絵を描いたんだよ!!」と言っても信じてくれない。いくら説明しても信じてくれない。これを読んでいる人たちも信じてくれないだろうな。

 でも、ブログではっきりと公言する。「象は本当に絵を描いたんだよ~!!」

証拠

 今、コンビニに行って驚いた。夕方に降り出した猛烈な雨がまだ続いている。傘を取りに階段を3階まで登るのもシャクなので、そのまま意地でコンビニに向かい、今ずぶ濡れになって帰ってきた。

 一体いつまで続くのかこの猛雨。マジで被害が心配である。

 今日はタクシーを利用したのだが、事もあろうに乗っていたタクシーが事故を起こした。幸い怪我も無く大事には至らなかったが、ドカンという音に、一瞬肝を冷やした。

 車対車で怪我人も無く、不幸中の幸いだったが、運転手は固まっている。当てた相手の車から、眉間にしわを寄せたサングラスのおじさんが降りて来て、恐くなって「早くドア開けてください!!」と叫んでドアが開き、別のタクシーを拾った。

 あの運転手があれからどうなったかは知らない。二種免許を持っているプロ・ドライバーでも事故を起こすのだから、僕をはじめとする一般のドライバーは尚更気をつけなければならない。発進する時は、左右後方だけでなく、前方も確認しましょう。

 車は便利な道具だが、わずかなミスが地獄への入り口になる。もう一度気を引き締めて、安全運転を心がけようと思う。

 20年近く愛用した腕時計が壊れた。母親が最後に上京して来た時に買った思い出の時計である。長期間にわたって僕の時間を刻んでくれた事に感謝しつつお役御免という事で、新しい時計を買った。

 今まで使っていた時計はカシオのMR-G(デジタル)だったのだが、僕はやはりアナログ時計の方がしっくり来る。というわけで、今回選んだ時計は、シチズンの電波ソーラー多国籍対応。何でも、洞爺湖サミットで来賓に配られた時計らしい。

 取扱説明書が分厚くて大変だが、新しい時計で気分一新、新たなスタートである。

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 こんなに凄まじい雷雨は何年振りだろうとさえ思える、本当に激しい雷雨である。各地で甚大な被害が出ているようだが、中でも家が崩れ落ち、車を押し潰された人は、たまったものではないだろう。

 僕のマンションの部屋は3階なので、まさか浸水は無いと思うが、露天の駐車場に止めている車が心配である。これを読んでいる全ての方に、心よりお見舞い申し上げると共に、早く雨が止むように祈ろうと思う。

 かつて激烈に批判した事も有るテレ朝の宮嶋泰子アナだが、ここに来て、ようやく肩の力が抜けてきたようである。元々最初の仕事がモスクワ・オリンピックだったという事も有り、「アナウンサーとしての心構えを勘違いしているのではないか」と常々思ってきたと同時に、気の毒な人だなと思ってきたが、今日放送された報道ステーションのシンクロ特集での彼女は、ようやく肩の力が抜けたというか、ナレーションも自然体で好感を持った。

 実は、以前から宮嶋泰子の変貌には気づいていたのだが、今日のシンクロ特集で確信に達したと思うので、ブログに書くことにした。宮嶋泰子アナ、今までお疲れ様でした。

 コンビニの店長が、「お願いしますよ。時津さん」と言うのを尻目に、20個入荷したうちの10個をゲットした。10個でも300円だから、大した出費ではない。

 改めて食べて、本当においしい。まさに究極の駄菓子である。友達の分も有る。これを最後に、コンビニに迷惑をかける事は止めにしよう。

 昨日は埼玉で、とある集まり。帰って来たのは夜11時を過ぎていた。家に入る前にコンビニで買物。店にはもう一人の店長(Nさん)が。

僕  「ブラックサンダー有りますか?」

店長 「有ります!ついさっき入りました!」

僕  「どこに有りますか?駄菓子のコーナーには無いんだけど」

店長 「レジに置いてます」

 レジに行くと、20cm角くらいの箱に、ブラックサンダーが20~30個ほど入っている。

店長 「今、制限がかかっていて、これ以上入らないんですよ」。Sさん(もう一人の店長)が、「時津さんが来たらまとめ買いするかもしれないから注意するように」と言っていたらしい。

 ここは、つつましやかに3個。これ位なら大丈夫でしょう。

 家に帰って食べてみたら、うまかった。チョコレートとビスケットのミックス味という感じ。翌朝コンビニに行ってみたら、もう売り切れて無かった。

店長 「あっという間に売り切れました」

 こんなことなら、もっと多く買っておくべきだった。。

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 「ねこぶくろ」とは、東急ハンズ池袋店8Fに有る猫による癒しスペース。「いけぶくろ」ならぬ「ねこぶくろ」である。料金を払って入口から入ると、猫が十数匹放されており、客は自由に触れる事が出来る。

 とは言っても、男一人では入りづらいので、今まで入った事が無かったのだが、今日は連れがいる。ペア・チケットを買って初めて入った。

 大きな猫、小さな猫、色々な猫が放されているのだが、猫は個人主義の動物。それぞれが至ってマイペースで会場内を歩き回っている。撫ぜると陶酔し、ゴロゴロとじゃれてくる。猫の本能というより、猫をかぶって客にサービスしているという感じ。こちらより猫の方が一枚上手のプロ集団である。

 いずれにしても、猫は癒し系の動物である。久々の動物との触れ合いに、孤独な都会暮らしで気が滅入っていたのが、猫によって癒された。

 数日前、知人と電話していたら、「ブラックサンダーって知ってる?」、「知らない」、「なんでも駄菓子で体操の内村選手が好きなんだって」。そこで翌日、近所のコンビニに行ってみた。

僕  「ブラックサンダーって有りますか?」

店長 「ああ、駄菓子だね。」

僕  「じゃ、有りますか?」

店長 「それがねぇ、急に売れちゃったんだよ。なぜかわからないんだけど。ブラックサンダーがどうかしたの?」

僕  「どうやらオリンピックで銀メダルを取った体操選手が好きらしいんですよ」

店長 「なるほど!」

 開店以来5年間、2人で12時間交代で1日も休まず店番をしている店長が、オリンピックのこぼれ話を知っているはずが無い。この事を最初に教えてくれた知人に電話で話したら、バカ受け大笑い。

 オリンピック効果は凄まじい。ブラックサンダーは注文3倍、ホームページへのアクセス数は50倍。「黒い雷神」などという凄い名前を付けるから、こんな大変な事態になるのである。思わぬ反響で、駄菓子会社はてんてこ舞いなのだろう。

 「夏」という季節は、レジャーもいいが、日本人にとって、戦争について考えるという厳粛な季節でもある。2度の原爆投下、終戦、靖国神社参拝問題など、未だに結論が出ていない問題も数多い。

 僕の父は昭和8年生まれ。父方の祖父は当時海軍の偉い人。昭和8年生まれというのは複雑な年である。父は子供の頃から親や学校から大日本帝国軍事教育を受け、天皇陛下のために死ぬ事を至上の喜びとするという歪んだ価値観を植え付けられた。もちろん大東亜戦争は、アジア諸国を解放するための戦争であり、断じて日本は悪くないと叩き込まれていた。しかし、父の世代は教育を受けただけで、戦争中は疎開しており、実際に戦場に行ってはいない。戦前の日本を美化する教育に洗脳され、肝心の戦争の惨禍は知らないのである。

 普通に成長した人なら、実際に戦争に行って帰ってきた人たちに、戦争の愚かさを教えられ、平和主義者になるのであるが。僕の父は、そのような過程を経ず、戦前教育に洗脳されたまま大人になってしまっていた。子供は親の言う事を信じるという本能が有るから、僕は父が話す戦争の話を子供の頃は信じていた。つまり、大東亜戦争はアジアを解放するための戦争であり、侵略戦争ではない。南京大虐殺は無かった、従軍慰安婦は作り話、つまり、中国や朝鮮の人が嘘をついている。日中戦争の事を支那事変と呼び、北朝鮮の事を北鮮(ほくせん)と呼ぶ、つまり敢えて蔑称を使う。神風で散った英霊は不滅。天皇陛下は神様であるというのである。

 時を経て、僕に反抗期と思春期が訪れたころ、父の話に疑問が生じてきた。そこで、父より年上で実際に戦争に行った親戚や会社の人たちに、戦争について尋ねてみた。そこで出てきた話は、まさに悲惨の二文字。それまで信じていた父の話とは正反対のものであった。実際に罪の意識を持ちつつ「慰安」を経験した人、罪も無い人々を殺しまくった人、尊い戦友を多数失った人など、例外なく言える事は、それらの人々は、自分の過去を悔いていた。そして、心底から「戦争は良くない」、「二度と起こしてはならない」という結論に達した。

 その後、反抗期も手伝って、僕は父と戦争について議論が絶えなかった。しかし父は考えを改めなかった。その頃から家族がおかしくなり始め、父は暴力や浮気など、男の悪行の限りを尽くすようになり、これは母が自殺するまで続いた。僕は、狼狽している父に、来る日も来る日も説得を続け、ようやく父は、自分の考えが誤っていた事を認めた。僕は今でも、父に過ちを認めさせた事は、本当に良かったのかと自問する事が有る。なぜなら、母の自殺から3年後に、父も自殺してしまったからである。遺書で父は自分の事を「未熟な老兵」と書いていた。父は最後まで、自分の事を軍人だと思っていたのである。

 「夏」という季節は、全ての日本人にとって、決して忘れてはならない戦争の惨禍について考える季節である。今日、テレビのサッカー中継の後、米軍カメラマンで、原爆の生々しい惨禍を写して封印していた人の特集が放送されていた。実体験として戦争を知らない我々も、後世に戦争の愚かさ、悲惨さを伝えていかなければならない。もちろん身をもって戦争を経験した人は尚更である。戦前の夢物語に浮かれる愚かな年寄りを見るたびに、「これではいけない」と考えさせられる、日本の夏は、そんな季節である。

 やけに暗い。遠くでは稲光も見える。昼は猛暑、夕方は夕立ち、雷雨。落雷で電車も止まっているらしい。天気予報によると、明日はさらに激しい雷雨が起こる可能性が高いらしい。海ではクラゲが大量発生。海水浴場で蚯蚓腫れを見せる痛々しい子供の姿がテレビに映し出されていた。もはや「クラゲはお盆を過ぎてから」ではないらしい。

 夏たけなわ。大荒れの夏である。オリンピックで盛り上がっているが、世界的に有名な予言者が、8月6日と9月13日に大地震の予言をしているらしい。もちろん予言が外れる事を祈っているが、いずれにしても、只ならぬ「真夏」である。

 今日は、自殺した父の命日である。その時の詳細は過去に書いたので繰り返さないが、とにかく酷い父親だった。酒を飲んで暴力はふるうは、自分の過失を全て家族のせいにするは、浮気はするはで、本当に男の悪行の限りを尽くした父親だった。

 母親の自殺でようやく心を入れ替え、優しい父親に変わったのだが、3年後には自らも自殺してしまった。しかし、もし父親が、母親の命と引き換えではあるが、反省した3年間が無かったら、僕は一生重い荷物を背負ったまま過ごさなくてはならなかっただろう。

 あの3年間で、辛うじて救われた。この世では、最悪の結末で不幸な夫婦だったが、天国では仲よくしてくれていると信じている。両親が仲よくなる事を願うのは、子供の本能だから。

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