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昨年が没後十周年だった。團さんとは何度も仕事をした。中でも、「筑後川」の作曲家指揮によるコンサート、「筑紫賛歌」の作曲家自身による指揮による初演は忘れがたい。昨年は没後十周年だったのだが、これといったイベントは無かった。しかし、團さんは、日本が世界に誇る、20世紀を代表する日本の大作曲家である。僕は音楽家としても、人間としても、團伊玖磨さんを心から尊敬しており、それについては過去に書いた。興味が有る人は検索してみてください。

さて、團さんは数多くの名作を作曲したが、その中で最も親しみやすいのは、二曲の祝典行進曲と、「筑紫賛歌」、「筑後川」であろう。その中で、「筑紫賛歌」、「筑後川」のCDが、廃盤の危機にある。アマゾンでも残り数枚。没後10周年は過ぎたが、これを機に、團さんの素晴らしい芸術に、一人でも多く接して欲しいものである。

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「愛しの」と言っても恋愛沙汰ではない。彼女は既に結婚している。ここで言いたいのはピアニスト藤原由紀乃さんのピアニズムの素晴らしさである。2006年のリサイタルで、僕は大枚はたいて彼女に頼んだ。これは大成功であった。ただ、予期せぬアクシデントが起きて、彼女には迷惑をかけてしまった。藤原さんのお母様にも大変なお世話になった。彼女は僕との共演は、もう懲り懲りと思っているかもしれない。しかし、もう一度彼女と弾きたい。リサイタル当時は、最強の薬を含む薬漬けで、副作用により手が痙攣してしまった。現在、ようやくメジャー・トランキライザーの呪縛から解け、軽い薬だけで生活できるようになった。もう手が痙攣する事は無い。彼女は、日本人離れの音楽性の持ち主で、「そこルバートして」と頼むと、和声に従った絶妙なルバートをしてくれる。例えば、ドヴォルザークのソナチネ4楽章の再現部への経過を聴いてみてほしい。こんな日本人ピアニストは他にいない。再び藤原由紀乃さんと共演するのは、僕の夢である。

 近代的なスタイルのチャイコフスキー「悲愴」と言えば、真っ先に思い浮かぶのがムラヴィンスキーの演奏。あんな完璧無比な演奏は二度と現れないかと思われていた(ちなみに古いスタイルの代表はメンゲルベルクとフルトヴェングラー)。1971年、カラヤン/ベルリン・フィルは絶頂期にあった。そんなカラヤンが、本気でムラヴィンスキーを超えようと録音したのがこの演奏。全盛期のカラヤン/ベルリン・フィルの面目躍如の演奏である。特に三楽章の迫力は凄い。今回SACD化され、音質が格段に良くなった。今日届いたのだが、改めて聴いて、全盛期のカラヤンの凄さを再認識した。4、5、6番のセットで6000円だが、これはお買い得である。特に「悲愴」が凄い。コンマスの席にシュヴァルベが座っているのだろう。大好きな4番2楽章の中間部も感動的。SACDハイブリッドだから、普通のCDプレーヤーでも再生できるが、特にSACDプレーヤーを持っている人は必聴である。
 

今年の紅白は圧巻であった。三角を基調にした舞台装置で繰り広げられる、歌ごとに変わる変幻自在な舞台演出一大絵巻。K-POPの歌も新鮮だった。今年はどう見ても紅組の勝ち。これは動かないが、白組も見事であった。特に最後のSMAPは見事。今年は特に、歌ごとの演出が変幻自在で、歌の合間のスタッフたちにも拍手を贈りたい。いい年末を迎えられた。さすがNHK!これら歌の持つ力が震災者の皆様のパワーになりますように。来年がいい年になりますように。皆様、良いお年をお迎えください。

僕は、大晦日の夜は紅白と決めている。NHKのノウハウを総動員した演出には、毎年舌を巻いている。皆様それぞれの年越しが有るとは思いますが、僕は10年以上、東京で孤独な年越し。来年こそはパートナーと一緒にと思うのだが、なかなか難しい。しかし、今年の歌謡界の集大成を満喫したい。皆様、良いお年をお迎えください。

 この勢いには舌を巻くばかりである。この人気はどこまでエスカレートするのだろう。僕は興味はないが、総選挙の投票券を手に入れるために、CDを5000枚も買った人がいるという話などを聞くと、商売の狡猾さに舌を巻いてしまう。それにしても、ここまで人気が爆発する要因はどこにあるのだろう。

 WaveLab 7.1.1 がリリースされた。前回大きな問題だった起動時間(フリーズ!?と思えるほど長かった)は、少し改善されているようだが、まだ十分ではない。その他の不具合修正については、またこの次に。

 DVDである。この中で、ピアノ協奏曲第二番と交響曲第四番で、第一ヴァイオリンのトップサイドを弾いているのが僕である。

 オーケストラは新日本フィル。僕は当時、常トラとして使ってもらっていた。この仕事は新日で二度目の仕事であった。最初の仕事は小澤征爾。張り切って臨んだのだが...

 オケのメンバーの視線がおかしい。刺すような視線の中、緊張して仕事は始まった。それ以降は陰湿ないじめの嵐。誰とも口をきかず、仕事だけが淡々と進んでゆく。どうしてこんな目に遭わなければならないのか、さっぱりわからなかった。この「いじめ」には、当時コンマスだった豊嶋泰嗣、植木三郎(現在は不明)も加担した。邪悪な心を持った輩には、やがて天罰が下るであろう。

 その後わかったのだが、同時期に常トラとして来ていた僕の元カノ(旧姓Y.B新姓Y.M、現在は神奈川フィルのメンバー)が、僕の悪口をオーケストラ中に言いふらしていたことがわかり、いじめの原因判明。許しがたい暴挙である。

 いじめの元凶は許しがたいが、それに乗るオケのメンバーもメンバーである。子供と言えばそれまでだが、多勢に無勢。まあ、今となってみれば、あの苦悩は、いい精神修練になった。精神力が鍛えられた。しかし、あのオーケストラの陰湿な体質は、今でも続いているのだろうか。もうあんな思いは二度と懲り懲りである。女には注意。くわばらくわばら。。。

 中島みゆきの歌の90%は、失恋や孤独を書いたものである。一体この人は今までどんな人生を歩んできたのだろう。しかし、本人のキャラクターは極めて明るい。それは、これらの歌の反動なのだろうか。いずれにしても、人間の本質について深く考えさせられる歌が多い。

 そんな中島みゆきのアルバムの中で、僕の最愛のアルバムが「親愛なる者へ」である。と言っても、どんな歌が入っているのか、聴いてみないと絶対にわからない。そこで、著作権ギリギリ、音質を落とし、モノーラルにして、数曲を紹介する。まともな音で聴きたい人は、CDを購入してください。

タクシードライバー

泥海の中から - 信じ難いもの

根雪(ねゆき)

ダイヤル117

狼になりたい

断崖-親愛なる者へ

 かねてより注文していたDGのフルトヴェングラーSACD4枚が届いた。敢えてハイブリッドにせずSACD専用にする事で、儲け度外視で究極の音質を追求したシリーズである。

 さて、音はどうかというと、今までと大差ない。これならSACDハイブリッドにした方が、沢山売れて儲けただろうに、といった感じ。

 放送録音は、放送局に保管されているマスターテープ直録りと思っていたのに、音はというと、相変わらずグラモフォンがアナログで味付けした音。これには失望した。LP時代が懐かしくなるような音である。

 スタジオ録音は、それなりに音質が向上しているが、これとて劇的というわけではなく、いつものDGの音である。

 こんなCDに一枚4500円も払うのは完璧な無駄遣い。この程度の音なら、今までのCDで十分である。

 20世紀の名ヴァイオリニストで、アウアーの弟子としては、ハイフェッツ、エルマン、ジンバリスト、ザイデルなどが代表的だが、陰に隠れがちなのがザイデルである。ちなみにヤッシャ・ハイフェッツ、ミッシャ・エルマン、トーシャ・ザイデルの3人を、いずれも名前に「シャ」が付くことから、かつて「3シャ」と呼ばれていた。我が師匠、江藤俊哉先生の「俊哉」という名前は、トーシャ・ザイデルの「トーシャ」からとられたものという。

 華やかなハイフェッツやジンバリストの陰に隠れがちなトーシャ・ザイデルの名演から、今回は、歌にオブリガートを付けた3曲を紹介する。このソプラノ、名前は忘れたが、なかなかの美声である。特に、減七のコロラトゥーラは圧巻!

ザイデル1

ザイデル2

ザイデル3

 これにはぶったまげた。名演、凄演を通り越して、これは爆演である。かのムラヴィンスキーでさえ、この迫力にはかなわない。カラヤンとシュヴァルベ(コンサートマスター)によって作り上げられたベルリン・フィルの黄金時代は、まさに1970年代前半であった。

 とにかくご一聴あれ。

[追記]

 これも友達の計らいで聴けた演奏。さっそくカラヤンEMIのチャイコ456のCDを購入した。

 フルトヴェングラーの演奏をステレオで聴きたい。音楽ファンなら誰でも夢見る事である。しかし残念、フルトヴェングラーにステレオ録音は無い。昔は、ブライトクランクという方式の疑似ステレオも有ったが廃れた。

 となると、誰かがフルトヴェングラーとそっくりに振った演奏をステレオ録音で探すことになる。そんなもの有るはずが無い!?ところが、有るのである。それは、1982年、ザルツブルク音楽祭で、クラウス・テンシュテットがウィーン・フィルを振った、ベートーヴェンの「エロイカ」である。

 当時FMで放送され、聴いてびっくりした。4楽章の主部の入りのテンポが速い以外は、1952年のフルトヴェングラー/ウィーン・フィルの演奏に瓜二つだったからである。特に、スローテンポのスケルツォは、フルトヴェングラーと言われたら騙されてしまうほど似ている。

 解説者が混乱して、狼狽していたのが懐かしい。こんな演奏を聴かされたら、誰だってびっくりする。テンシュテット/ウィーン・フィルとは意外な組み合わせだが、これはバーンスタインの代役だったらしい。その結果が、フルトヴェングラーと瓜二つのとんでもない名演である。

 親友のY君に教えてもらったのだが、この演奏がCD化されているらしい。さっそくアマゾンで検索、ヒットした。「1点在庫有り」。即入手。懐かしい演奏が蘇った。フルトヴェングラーを頭に思い浮かべながら、ステレオの名演を聴くという夢が実現した。

 騙されたと思って聴いてみるとよい。フルトヴェングラーをステレオで聴くという夢が実現する。

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 今更書くまでもないが、僕の唯一無二最大の親友は、都響ソロ・コンマスのY君である。Y君と言えば、マーラーの交響曲とか、「ハルサイ」とか、派手でカッコイイ曲が好きというイメージが有った。

 そのY君が、ブルックナーの交響曲第6番が素晴らしいから聴いてみよというのである。ブルックナーの6番と言えば、ブルックナーの交響曲の中でも最も地味な曲。渋い曲というイメージしかなかった。Y君に最も似つかわしくない曲。ヨッフムのCDを聴いてみよというので、買って聴いてみた。

 やはり渋い。どこが面白いのかさっぱりわからない。僕はY君に正直に感想を言った。そしたら今度はY君が、ギュンター・ヴァントのCDを送ってきた。聴いてみたのだが、やはり渋い。ヨッフムと変わらず、どこが面白いのかさっぱりわからない。僕はY君に正直に感想を言った。

 そしたらY君が、「これが切り札」と、インバル/都響のCDを送ってきた。聴いてみて驚いた。「がってん!」。これは名曲である。Y君に電話し、「インバルのブルックナー聴いたよ」、「どうだった?」、「わかった」。これで了解OK。これには本当に驚いた。この演奏を聴かなかったら、僕は名曲を一つ認めないところだった。

 今、インバル/都響が熱い。マーラーの交響曲第2番第3番は、奇跡的と言ってもいい名演である。今後もインバル/都響には期待したい。

 シゲティも素晴らしいのだが、バルトークのピアノが素晴らしいのである。バルトークはピアノの国際コンクールで2位になった事がある。1位はバックハウスであった。僕はいまだにこれ以上の「クロイツェル・ソナタ」は考えられない。アメリカでの共演だから、著作権は生きていると思うが(演奏から70年は過ぎているが、戦時加算がどうなるか)、公開しちゃえ!全曲聴きたい方は、CDを購入してください。

ベートーヴェン:「クロイツェル・ソナタ」より第二楽章:シゲティ/バルトーク

 先日書いたツィマーマンのショパンの感想だが、これは、何の先入観も無く、解説書も読まずに聴いた率直な感想である。今日CDを手にして解説書を読むと、同じような事が書いてあるではないか。

 しかも録音が1999年。10年以上こんな凄い演奏を知らなかったとは、とんだ浦島太郎であった。

 これも、友達の計らいで聴くことができた演奏。これにもびっくりした。この慌ただしい現代において、こんな入念で妥協の無い仕事ができたことが信じられない。

 弾き振りだから、オーケストラがおろそかになっているかと思いきや、その全く逆。これはオーケストラだけでも相当にリハーサルを行っている。極論するなら、暗譜するくらいリハをやったのではないかと思う。

 とにかく、ツィマーマンの美学ここに極まれり。こんなに情感豊かなショパンの協奏曲は、かつて聴いた事が無い。この演奏は、同曲のベストであるのはもちろん、歴史的名盤と言っていいのではないか。

 先日のベートーヴェンに続き、今回は友達の計らいで、カール・ベーム/ウィーン・フィルのブラームス交響曲全集を聴く機会に恵まれた。

 改めて聴いて、驚いた。これは、ブラームスの全集としてはベストに位置するのではないか。どこまでもがっちりと構成されており、余裕のあるテンポで、アーティキュレーションや和声のツボをかけらも逃さず、決め所の金管が立体的で巨大な響きを作り出す。ベームの真骨頂である。そこに、ウィーン・フィルの魅惑的な味わいが加わるのだから、もう天下無敵である。

 ベームは1970年代になって衰えた。老人硬直症になったなどと、好き勝手に酷評していたバカな評論家たち、それに踊らされるバカな音楽ファンたちは、もう一度襟を正してベームの芸術に触れてみるとよい。そこには、他の誰も到達できなかった、正攻法で質実剛健、スケールは極大でウィーンの香りたっぷりの芸術が有る。

 カール・ベームの芸術が再評価されることを願ってやまない。

 Cubase のバージョンが、6.0.2 となり、既知のバグが修正されている。これでようやく安定期に入ったようだ。

 インストールに当たっては、面倒な操作も必要だが、仕方がない。

 WaveLab のバージョンが 7.1.0 になり、早速インストールした。

 バグフィックスの他、ユーザーインターフェースが若干変更されており、さらに使いやすくなった。そのかわり、起動には時間がかかる。いずれ改善されるだろう。

 ステレオの事である。今回のCDプレーヤー交換で、システムに核ができた。以下列挙する。

CDプレーヤー:マランツSA-11S2

プリアンプ:自作マランツ#7回路。三栄無線のキットSP-77を組み立て。パーツは医療用や宇宙工学用から厳選。球はテレフンケン12AX7 ◇マーク 17mm long smooth

パワーアンプ:トライオードTRV-A300SE、球は、ドライバーがシルヴァニア6SN7WGTA(6SN7軍用管)、終段がゴールドライオン300B(ロシア製)

スピーカーシステム:往年の名ユニット、コーラル4A-70(アルミダイキャスト・フレーム、アルニコ・マグネット、特殊強化紙、コルゲーション・エッジ、ジュラルミンキャップ)を、市販のエンクロージャーに入れたもの。ユニットがいいので、現在でも十分通用する音。二個で3万もしないシステムだが、音を聴いた人は一様に驚く。

ヘッドフォン・アンプ:オーディオ・テクニカAT-HA5000

ヘッドフォン:オーディオ・テクニカATH-W1000

 こんな感じで、音楽を楽しんでます。

 1987年1月、ジュセッペ・シノーポリがフィルハーモニア管弦楽団と共に来日したのだが、その合間に、桐朋学園にやってきて、非公開授業を行った。曲目はヴェルディの「運命の力」序曲。僕も第一ヴァイオリンを弾いていたのだが、この時のシノーポリの指揮は、まさに魔術であった。オーケストラの響きがどんどん磨き上げられてゆく様子は、「音楽の友」誌で詳細に報道され、この模様はドイツ・グラモフォンが録音、ちょうど発売されたシノーポリの「運命の力」全曲盤に、初回プレス特典として添付された。もう二度とこの録音が世に出ることはないだろう。というわけで、ここで公開することにした。返す返すも、シノーポリの早逝が残念でならない。

ヴェルディ「運命の力」序曲

ジュセッペ・シノーポリ指揮桐朋学園オーケストラ

 ドラティが1975年に決定盤を録音以来、出る新譜出る新譜にことごとく失望させられ、先日もラトルの新盤に失望したばかり。ドラティを超える演奏は永遠に表れないかと思っていた昨今、友達に勧められてゲルギエフ盤を買い、聴いてみた。

 感動した。ドラティを100点とすると、ゲルギエフも100点。どちらがいいとは言い切れない。ゲルギエフ盤はロシア色が濃いが、非常に洗練されており、完成度が高い。

 ドラティの呪縛から、ようやく解放された。

 この「ウラニアのエロイカ」、フルトヴェングラーの生涯最高の名演の一つなのだが、最初に出たウラニア盤のピッチが変だったために、その後、様々なピッチのレコード、CDがリリースされてきた。

 著作権も切れている事だし、ここでは正しいピッチの「ウラニアのエロイカ」を紹介する。音源には tahra TAH 4003 を使用。このCD、2楽章はいいのだが、1,3,4楽章のピッチに問題が有る。そこで、1楽章を1セント上げ、3楽章を5セント下げ、4楽章を12セント上げた。これで正常なピッチになった。

 解説書には、「ピッチは正しい」と書いてあるのだから、評論家の耳もいい加減なものである。

第一楽章

第二楽章

第三楽章

第四楽章

 先日、小澤征爾さんが、カーネギー・ホールで歴史的復帰を果たし、そのCDがミリオン・セラーになりそうな勢いなそうである。

 しかし、このコンサートで実際にトップ下を弾いた矢部君によると、この録音は、演奏の真価を全く伝えていないとの事。そこで、WaveLab を使い、レストレーションを試みた。

 ここでは第四楽章を紹介する。

修正前

修正後

 暫定版ながら、早速修正パッチが出た。インストールにはちょいと手間取る。プラグインなどの情報も初期化されてしまうので、心してかからなくてはならない。

 Cubase 6 が届き、早速インストールしたのだが、摩訶不思議な現象が続出。特に、プラグインを追加すると、インターネット・エクスプローラが変な挙動をするのには参った。

 丸一日つぶし、何とか動き出した。スタインバーグには、修正パッチの早急なリリースを希望したい。

 指揮者、宇宿允人さんが永眠されたとの事。宇宿さんとは、忘れがたい思い出が何度も有る。リハーサルはトスカニーニ、指揮はフルトヴェングラーといった芸風で、東京中から集まったメンバーによるオーケストラで、華やぎの中、何度もコンサートに出演した。

 中でも、ブラームスの交響曲第一番、ベートーヴェンの「第九」は、フルトヴェングラーを彷彿とさせる演奏で、生涯残る思い出になる名演であった。

 そんな中、ヴァイオリニストでコンサートマスターの磯崎陽一さんに、プロの何たるかを教わった。

 他界されたのが3月5日、今日は無性に宇宿允人さんが懐かしくなり、ホームページにアクセスしたら、訃報に接した。ショックである。宇宿さんのご冥福をお祈りいたします。

 テレフンケンは昔使っていたが手放した。しかしその後、どんな球を試しても、あの音が出ない。不満とまではいかないが、「あの音」が無性に懐かしくなってきた。

 そこで再びテレフンケン入手作戦。20年かけて集めた秘蔵球約50本の中から、とっておきを除いた球をヤフオクで売りに出し、テレフンケンECC83(12AX7)ダイヤマークを6本入手した。

 アンプに差すと、「やはりこの音!」。プレミアが付くはずである。

 これで、僕のアンプの球は、フラットアンプがテレフンケンECC83(12AX7)、ドライバーがシルヴァニア茶ベース6SN7WGTA、終段がゴールドライオン300Bになった。

 日本が終わろうとしている中、最良の球で心行くまで音楽を楽しみたい。

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 かねてから予約しておいたCDが届いた。丸一日かけて全部聴いた。ここでそれぞれの曲についてあれこれ書く気力も精神力も残っていない。ただ、二つだけ。

 1949年のブルックナー「第七」は初めて聴いたが、これは名演だ!「第八」は、ちょっとやり過ぎに思えるが。

 フルトヴェングラーは、1954年の最晩年に、新しい巨大なスタイルを確立している。R・シュトラウスしかり、「レ・プレリュード」しかり、「魔弾の射手」しかりである。返す返すも68歳での急逝が残念である。

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