2011年1月アーカイブ
フルトヴェングラーのEMI録音が、かつてない音質のSACDハイブリッドで復活した。僕はこのうちベートーヴェンの奇数交響曲3枚を購入。耳にタコができるほど聴いた演奏だが、今回、感慨を新たにした。
悠揚迫らぬテンポと巨大なスケールの第一番、1952年の第三番は、録音嫌いのフルトヴェングラーが唯一発売を快諾した演奏として有名で、劇的な「ウラニアのエロイカ」もいいが、演奏の完成度と音質の良さで、こちらは別の良さが有る。どちらか一つを選べと言われたら困るところである。
1954年の第五番は、これも劇的な1947年の歴史的復帰演奏会ライヴ(27日のグラモフォン盤の方が演奏の完成度が高い)とは対照的な、ゆっくりしたテンポによる巨大な名演で、最晩年の録音という事もあり、色々な表現を経て行き着いたフルトヴェングラーのベートーヴェン表現の到達点としたい。
1950年の第七番は、今回、音質の向上が最も著しい録音。新発見のマスターテープを使ったらしい。これは、スタジオ録音だが、フルトヴェングラーがライヴのように燃えた劇的な演奏で、これを超える演奏は、今もって無い。
最後に、有名な「バイロイトの第九」だが、CDではおそらく初めて「足音入り」となり、何十年も放置されてきた最後の音の音程のズレ(編集ミスと思われる)も修正されている。音質は、これもかつてない良好さで、祝祭劇場の熱気がむんむんと伝わってくる。
久しぶりにフルトヴェングラーを集中的に聴いて、その偉大な芸術は永久不滅であることを再認識した。久しぶりに充実した音楽に浸る事が出来、満足である。
今日のTBS夜のニュースの特集は、秋葉原だった。秋葉原には久しく行っていないが、その変わりように驚いた。そして、秋葉原のシンボル的建物だったラジオ会館の取り壊しが始まるとの事。
中学の時に初めて行って以来、僕の心のよりどころだった秋葉原。その変化の激しさに、一抹の寂しさを感じた。
僕が寝ているベッドの11年使ったマットレスは、もうハゲハゲで悲惨な状態。限界をとっくに超えている。
僕が何かとお世話になっているT氏が、たまりかねて、ベッドのリニューアルを手伝ってくれた。まず、マットレスの処分、そして、車でニトリに行き、布団一式を購入。
めでたく入院前に、ベッドが蘇った。返す返すも、T氏には感謝!
予定通り進めば、来週の今頃は手術を終えてICUに入って流動食を摂っていると思われる。来週の今頃は、一体何を考えているのだろう。
正直言って、怖い。天国か地獄か。「果報は寝て待て」。結果は神のみぞ知るである。
いよいよ入院に向けて臨戦態勢になった。書類書き、身支度など慌ただしくなる。
一番怖いのは、インフルエンザ。うがいと手洗いを励行し、ベストコンディションで手術に臨めるよう万全を尽くしたい。
本名も名乗らず、恩も着せず、善意をあらわし、姿を見せない。日本人の心の美徳、ここに極まった感が有る。
しかし、日本人にも色々いる。この善意の輪に水を差すような輩が現れない事を願うのみである。
ファイルを大々的に作り変えた。耳触りは良くなったと思うが、何となく楽譜そのままという気が...
クリスマスプレゼントのランドセルに始まった、タイガーマスクからの贈り物が連鎖を呼んでいる。
タイガーマスクに心躍らせられた世代としては、涙ものの美談である。
殺伐とした世の中だが、まだまだ捨てたものではないなと思った。名前も名乗らずプレゼントするという、日本人の心の美しさに感動を覚えている今日この頃である。
いやはや、音楽を一から組み立てるのは大変だ。感覚でやっていた事を、全て数値にしなくてはいけないから。
「黒鍵」では、全体のベロシティーが高すぎて、耳が疲れる演奏になってしまった。今は修正する気力がわかない。「蝶々」は、インテンポでどう表情を着けるかに苦慮した。「別れの曲」と「エオリアン」は、全体の構成と和声感を出すのに苦労した。
一貫して通しているのは、無駄な感情を排する事。思い入れたっぷりのルバートもいいが、やり過ぎると音楽がもたれ、自己満足のわがままな演奏になってしまう。基本はインテンポ。もっとも、インテンポに聴こえるように、テンポを揺らしているのだが...
とにかく感情過多でないクールでドラマティックかつロマンティックな演奏を心がけ、それなりの結果は出たと思う。
さて、ショパンのエチュードはこれくらいにして、大曲に挑戦したいのだが、そのためにはしばらくパワーを充填する必要が有るだろう。
また徹夜してしまった。このショパンの名曲には、ホロヴィッツが死ぬ直前に録音した素晴らしい名演が有り、この MIDI ファイルも、その影響を受けていることは否めない。もちろん、ホロヴィッツには遠く及ばないが、僕なりの味は、出せたと思う。
今回使った全音の楽譜に書いてある、この曲をショパンが演奏するのを聴いた後のシューマンの言葉が言いえて妙なので、ここに引用しておく。
「デリケートな上の音と基礎となるバスの音だけが聴こえ、エオリアンハープを思い起こさせるものである。この曲はエチュードというより「詩」である。ショパンがアルペジオの16分音符がすべて聴こえるように演奏する事を望んだと考えるのは間違いで、As durの和音のうねりなのである。中間部においては中声部が和音の中から起き上がってくるようだ。曲が終わったとき、我々はもう一度見たいような夢から目覚めたような印象を受ける」。
トップページに「MIDI作品集(MP3)」を追加。これからは、ゆっくり、少しずつ増やしていく(予定!?)。
Cubase 第三弾は、ショパンの「別れの曲」に挑戦。というわけで、今日半日かけて、楽譜を打ち込んだ。
しかしこの曲は、「黒鍵」や「蝶々」と違い、和声、ルバート、フレーズが特に重要。特にルバートは、本来天性の感覚で行うものだが、MIDI では、これを速度に置き換えなければならないので大変である。
完成するまで時間がかかりそうである。いつになる事やら...
[追記]
結局徹夜して完成させた。
Cubase 第二作は、これもショパンのエチュード「蝶々」である。「黒鍵」もそうだが、この手のルバートしなくていい曲は、MIDI 向きである。
皆様、これまで本当にありがとうございました。今年は僕にとって、新しい再出発の年になるように更なる精進をするとともに、実り多い年にしたいと思います。
今年もよろしくお願い致します。

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