僕の半生

 某所(公の場所ではない)で書いた、僕の半生。

 幼いころから父親のDV(ドメスティック・バイオレンス、家庭内暴力)がひどく、人生を左右する肝心のタイミングに限って父親が酒を飲んで帰ってきて精神的、肉体的暴力で暴れる。それに、歪んだエディプス・コンプレックスによる嫌がらせの陰湿なこと..これは思春期の子供二人の心に取り返しのつかない傷を残した。

 この暴力は、僕が30代になっても続き、ついに家庭崩壊。両親が別居。それでも父親はとぼけるばかりで自分の非を認めようとしない。そんな中、ついに母親が切れ、ノストラダムスが予言した1999年7月、「出かけてくる」といって外出したまま帰らない。夜中の零時になっても帰らないので警察に捜索願。 翌朝警察から電話「亡くなっておられます。焼身自殺です」との事。父親への抗議の自殺だった。警察での黒焦げの遺体との対面で、僕は重篤なPTSD(心的外傷後ストレス障害)になり、熱いものがすべてダメになり、5年以上風呂に入らなかった。妹は人が変わってしまい、僕は故郷を捨てて東京へ。一家離散。

 さすがの父親もこれは堪えたらしく、反省、優しい父親に変わったのだが、3年後、「病院に行く」という最後の言葉を残し、行方不明に。会社に電話しても来ておらず、家に電話すると留守番電話。病院にも来ていないとの事。普通なら、「また親父寝坊して..」で終わるところなのだが、この時に背筋に寒気が走り、「これはただ事ではない」と判断し、会社に電話して、職員に家まで見に行ってもらったところ、父親は、車庫で首を吊っていた。遺書があり、「未熟な老兵が、選ぶべき道はただ一つ、速やかに命を絶つことのみ、葬儀不要、焼き捨ててください。」

 これを読んだ人が次々に僕を離れていく。いつかは言わなければいけない事。しかし、「衝撃的」内容。いつ告白するべきか、考えあぐねている。

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コメント(2)

すごい人生だった。

マエストロ、今、命が在るだけでも すごいことだと想う。

私には耐えられなかったかも知れない。


今在る命を
自分を誇りに想っていいと

私には想える。 なあ・・・。

 ちろさん、コメントありがとうございました。

 ざっと書いただけでもあれだけの内容。それに、事実上すべて自分で仕切った葬儀のドタバタなど、本当に大変な思いをしました。

 いきなりあれだけの話を聞かされたら誰だって引くよね。両親は尊敬するべきという不文律が有るから。

 母親からは、愛情をたっぷり受けましたが、最後は、母親は投げ出した。父親も同じ。無責任も極まりない。

 でも、いつも両親との苦労話ばかりする人間にはなりたくない。昔よくいた、戦争の話しかしない教師のように。

 これからも、自分の過去と戦う人生は続くんだろうな。

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このページは、Maestroが2010年8月24日 19:14に書いたブログ記事です。

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