チャイコフスキー「くるみ割り人形」は素晴らしい。チャイコフスキーの最高傑作かもしれない。一言でいうなら、無駄が無い事。踊るためだけのような曲が一曲も無い。聴くなら当然全曲を聴くべきで、それが無理なら第二幕全曲。組曲やハイライトでは真価は決してわからない。
さて、ここで鳴り物入りで登場したラトルの全曲盤である。売る事だけを考えれば、三大バレエハイライトでもよかったわけで、ここで「くるみ割り」を全曲録音したという事は、ラトルはこの曲の真価を見切っていると見た方がよいであろう。
「くるみ割り」全曲には、ドラティ/コンセルトヘボウという、まごうかたなき決定盤が有り、ラトルがそれに迫れるか、あわよくば超えるか、といったところを期待して予約購入し、聴いてみたのだが...
う~む。ドラティを100点とすれば、78点といったところか。まず、相変わらずラトルがベルリン・フィルをコントロールできていないばかりか、ラトル・サウンドといった主張も感じられない。目立つのは小細工。一旦弱くしてクレッシェンドするような、昔セルがよく用いた手法や、チェリビダッケの出来損ないのようなアーティキュレーションによる強弱。肝心の表現の根幹になるべき主張が無い。
昔、ラトル/ウィーン・フィルのリハーサルを見学した事が有るのだが、かなり細かいリハで、オーケストラから不満が出ないのが不思議だった。演奏も立派。ラトルはベルリン・フィルでも同じようにリハーサルしていると思われ、だとすると、この演奏を聴く限り、ラトルとベルリン・フィルは相性が悪いとしか言いようがなく、ベルリン・フィルは早急に次なる指揮者を見つけないと、取り返しのつかない事になると思った。


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