2009年4月アーカイブ

 今日、TBSニュースで、東北楽天の野村監督を、高橋尚子さんがインタビューしているシーンが有った。タイプは違うが、僕の師匠、江藤俊哉先生と共通点を感じた。それは、

 「選手の特性を瞬時に見抜き、良い部分は褒めまくって伸ばし、弱い部分は根本から鍛えなおす」、という事である。

 今思い出しても恥ずかしいのだが、僕は江藤先生のレッスンで、フランクのソナタを弾きながら泣いてしまった。それまでのレッスンは、まさに地獄だった。それまでため込んだ感情のすべてを吐き出してしまった。しかし、これが原因で、江藤先生が桐朋の学生にこの事を言いふらし、僕は学校で有名人になり、友達も出来、地獄だった人生が好転した。

 後は、先生に言われるまま弾いていれば、どんどん技術的にも音楽的にも自分が向上している事を体感する事が出来た。正に、江藤先生様様である。その江藤先生が、いよいよお別れという時に、僕に何と言ったかは、まだ秘密にしておこう。音楽表現の骨子とも言える重要な事なのだが、今でも実践できているとは言い難い。僕の一生の課題である。

 そんな江藤先生を最後に訪れたのは、初めて習って20年後の2006年であった。当時僕はリサイタルの準備でてんてこ舞いだったのだが、江藤先生の姿は、それまでとは違っていた。しかし、アンジェラ先生が、「あなた!時津君よ!」と言い、こちらを向いた江藤先生の顔、姿は、今でもはっきり覚えている。江藤先生は変わっていなかった。

 これからも、江藤先生の教えは、僕を支配し続けるだろう。しかし、そういった江藤先生の呪縛から脱皮する事も必要である。江藤先生は、そのための余白も、ちゃんと用意してくれている。江藤先生偉大なり!僕は先生の教えを終生忘れない。

 今日の大相撲稽古総見で、朝青龍が天敵内館牧子に近寄り、ねぎらいの挨拶。内館は「秀吉のような人」と朝青龍を讃え、「はて?仲直り?」というやり取りがあった。仲直りならよいのだが...

 最近、友人の協力もあり、マーラーの交響曲を集中的に聴いた。全部でCD60枚以上。5番だけでも10枚を超え、他に念を入れて聴いたのは、6、7、9番である。

 友人への感謝もこめて、全てのCDを念を入れて聴いたつもりだが、量がここまで膨らむと、どれがどれだったかわからなくなってくる。

 今でも印象に残っているのは、シャイー/コンセルトヘボウの一連の録音、これらは本当にレベルが高い。ラトル/バーミンガムの7番、カラヤンの9番(ライヴ)、ドゥダメルの5番は若々しく将来性を感じさせる力演。ブーレーズの5番はブーレーズ再評価に値する名演。テンシュテット/ロンドン・フィルの5番(ライヴ)はもちろん定番。レヴァイン/フィラデルフィアの5番9番は、若かりし日のレヴァインの気概を感じさせる名演。

 最古の名演は、ワルター/ウィーン・フィルの9番、「大地の歌」。それにメンゲルベルクの4番。ワルターが1952年にウィーン・フィルを振った「大地の歌」は、スタジオ録音、ライヴ共、歴史的名演。

 これらの中で、最もインパクトが強かったのは、ラトル/バーミンガムの7番である。僕はラトル/バーミンガムを今まで集中的に聴いた事がなかったが、このコンビは歴史的名コンビといってよいほど相性が良い。ベルリン・フィルではイマイチ実力を発揮していないラトルだが、過去にはこんな名演を残していたのかと、その底力に恐れ入った。ラトル/ベルリン・フィルの5番はイマイチだったが、9番には、ベルリン・フィルという大きな壁を乗り越える端緒を感じた。これからも期待したい。無敵のペアになる可能性もある。

 これだけの量を聴くと、どれがどれだったのかわからなくなってくる。しかし、これだけの録音を集中的に聴けたという事は、これからの音楽人生に少なからず影響するだろう。聴かせてくれた友人には、ひたすら「感謝」である。

 今回強く感じたのは、マーラーの演奏が新しい時代を迎えているという事である。ワルターやバーンスタインが定番だった時代は終わり、かつては不可欠と言われたユダヤの血も、今では必ずしも必要ではなく、純音楽的に「正しく」演奏する事が、最も重要になった。

 テンシュテットでさえ今となると古さを感じる。カラヤンは不思議と古さを感じない。いつものカラヤンだと、5番のように、例の情けないレガートで全体をまとめてしまいそうだが、9番でのカラヤンは、そのようなものを感じさせず、純音楽的な底力を感じる。時代を先取りした名演と言えるだろう。カラヤンにはスタジオ録音もあるが、敢えてライヴをCD化した所を見ると、余程の自信が有ったと思われる。9番の名演は多いが、これはベストワンかもしれない。カラヤンは他界したが、最後の輝きを見た。これからも、様々な指揮者によって、潜在意識や固定観念を超える名演が生まれることだろう。楽しみでならない。

 酒を飲んだだけでここまで悪態をつくものか。薬の影が見え隠れするのだが...

  TV朝日の報道によると、ファンが多い韓国では、これは「犯罪」ではなく「失敗」として、反省すれば許されると見ている事を知って、また、SMAPのメンバーが連帯感を発揮し、草彅氏に温かい言葉を電話で送ったという報道を見て、SMAPは立ち直れるという確信を得た。

 僕だって、恥を晒すようだが、泥酔して駅で朝を迎えた事もある(丸裸ではなかったが、体に雪が積もっていた)。SMAPは立ち直れるとした根拠は、もちろん、草彅氏自身の真摯な記者会見もあっての事である。

 NHKの新番組である。視聴者から寄せられた「そりゃあんまりだ!」という社会事象について考察する番組らしいが、今日の第一回「教育費の切り詰め」を見る限り、絶望感しか生まれなかった。公共放送という立場上、世論の操作まで出来るのか。社会を動かす事が出来るのか、甚だ疑問である。結局あーだこーだと意見を言うだけの番組になりはしないかと危惧している。

 もしそうなったらNHKの面目丸つぶれである。「本気」で番組を作っているかは、これから明らかになるだろう。

 最も冒頓で真面目なメンバーがこれじゃ、SMAPも終わりですね。

 個人的に好きだった。憧れだった。本当に爽やかでにこやかで、好きだった。こんな事になるなんて...

 ぼくは、自分のパートナーは年下がいいと思っていたが、この人だけは別だった。返す返すも、こんな事になったことが残念でならない。

 今回の番組改編で、TBSのニュース報道が大きく変わった。午後6時台のニュースにニュース23の後藤氏を起用し、ニュースを午後7時台まで拡大。NHKニュースに真っ向から立ち向かったと言える。更に今日は、8時台も北朝鮮情勢の特集と、まさに政治一色である。

 日本はねじれ国会で政治が動かない。北方領土問題、北朝鮮拉致問題、最近でこそ薄れたが、韓国とのナイーブな関係。南北朝鮮が統一すれば、団結して日本に攻めてくるかもしれない。平和ムードで浮かれている場合ではないのである。オリンピックなど尚更である。

 あくまで憶測だが、TBSは近い将来、アジアで何か大きな変化が起こると思っているのではないか。いざという時に対応できるように、今のうちに放送スケジュールを整理したのではないかと勘繰りたくなる。

 最近またまたSPAMメールが増えた気がする。いかがわしい薬の販売とか、ノーリスクであなたの財産が100倍になる投資話とか、SEOどうのこうの(この種のSEOテクニックはGoogleなどは既にご承知、ペナルティを受けるのが関の山である)。中にはマジで犯罪を誘発する怪しげな誘いもあるので油断はできない。「SPAMは無視」これに限る。

 痴漢の容疑をかけられた容疑者に無罪判決が出たらしい。まずは正当な判決を出した最高裁に拍手。しかし、世の中は痴漢ばかりではない。男性に対して猥褻な行為を行う「痴女」もいるのである。僕も二回経験が有る。

 一度目は、京王線の急行で、胸の大きな女が乳首のあたりですりすりと擦られた件。もう一度は山手線で、セーラー服を着た高校生と思われる女に胸や尻を露骨に押し付けられた件。いずれも電車は空いており、偶然とは思えない、明らかな痴女である。

 どう対処するか迷ったが、逆切れされて犯罪者にされてはたまらないので、次の駅で降り、一本後の電車に乗り換えた。

 他にも痴女ではないが、ぎゅうぎゅう詰めの電車で体中を締め付けられて陶酔している女性を見たこと数知れず。そういえば、「ぎゅうぎゅう詰めのバスの中、抱きしめられているみたい」という流行歌が昔あったっけ。

 痴漢は許しがたい犯罪だが、「冤罪」で痴漢にされたのではたまったものではない。電車、特に混雑した電車に乗る時は注意しようと思う。

 約一ヵ月間九州の実家に帰省して、今朝帰ってきた。車を持って行きたかったので移動手段にはフェリーを利用。せわしい世の中、のんびりした船旅もいいものである。

 今朝5時40分に東京着、家までは首都高を利用したのだが、周りの車の運転の荒さに生きた心地がしなかった。

 後ろに車がついたら、相手が速度違反であっても道を譲らなければならないのは鉄則。しかし、僕の車はのろい集団の中。これでは身動きが取れない。追い越し車線をとろとろ走る奴が悪いのである。後ろについた車はパッシングしたりクラクションを鳴らしたりと、もうやりたい放題。一体どうしろというのか。

 もう懲りた。よほどの事情が無い限り、早朝の首都高を利用することは無いだろう。

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