絶対音感

 NHKテレビの解体新ショーという番組で、絶対音感を取り上げていた。感想は、これでは絶対音感の半分も解説されていないという事だった。絶対音感とは、基準を与えなくても音程がわかる能力の事である。大体わかるのではなく、研ぎ澄ましてゆけば1ヘルツの違いも聴き分けられる。僕は幸運にも(本当に幸運かはわからないが)絶対音感を持っているが、桐朋に入って弦楽器の多くの生徒が絶対音感を持っているのに驚かされた。また、桐朋のソルフェージュの授業は、絶対音感を持っていると圧倒的に有利なようにカリキュラムされており、僕は一年半の最短期で四年分の単位を取得した。

 絶対音感は子供の頃から訓練しないと身に付かないと説かれていたが、僕は子供の頃訓練など受けていない。母のお腹の中にいた頃からミュンシュの「運命」、「未完成」を聴かされ、生まれてからも、ミュンシュの他にワルターのベートーヴェン交響曲全集、ハイフェッツのツィゴイネルワイゼン、ハリー・ベラフォンテのスピリチュアル、ロシア民謡のレコードを夢中になって聴いていただけである。今は、生まれた時から音楽を愛していた事が、絶対音感につながったと思っている。

 ヴァイオリンを始めたのは三歳半だが、当時どうしてチューニングの時にピアノで「ラ」の音をわざわざ鳴らすのか不思議だった。音程は頭の中に有るのに。そのうち妹がピアノを始めたのだが、和音を聴いて音程を当てるという訓練を先生が行うのだが、こんな簡単な事を何のために行うのか意味不明だった。どんな和音でも、不協和音でも、構成する音をバラバラに聴く事も、まとめて聴く事も出来るのに。謎は深まるばかりだった。

 学校で合唱を行うと、決まって音程がずれてくる。みんなピアノ伴奏を聴いていないんだと思っていたが、みんなに合わせるわけにはいかないし、みんなは僕が音程ずれていると言うし、絶対音感を持っていて得した事など一度も無かった。当時はこれが絶対音感だという事にさえ気付いていなかったのだが。

 中学生になった頃、ヴァイオリンの先生に、どうしてチューニングでわざわざピアノを叩くのか訊いてみた。先生は「え!」と言い、色々な音や和音をピアノで弾き出した。僕は全ての音程を当てた。こうして僕が絶対音感を持っている事が明らかになった。

 桐朋に入って、同じ絶対音感でもピンキリだという事もわかった。単に音程がわかるだけといったレベルから、どんな和声でも、瞬時に度数などがわかるレベルまで様々だった。僕にとって和声の授業は、それまで蓄積していた知識を整理するだけの作業だった。

 しかし、過ぎたるは及ばざるがごとし。絶対音感は有るに越した事は無いが、1ヘルツの音程の差や、不協和音の構成音がわかって何になるというのか。何をしていても音楽が聴こえてくると音楽に集中してしまう。頭の中で管弦楽でもオペラでも完全に再現できるので、一人で集中していい気持ちになって周りから気味悪がられる。絶対音感が僕の人生を変えた事は確かだが、現状を考えると、果たして幸せだったのか、複雑な気持ちになる。

 最後に、絶対音感を持っている人にしかわからない怖い話を。風邪やインフルエンザで40度近い熱が出た翌日や、カルバマゼピンという成分の薬を飲むと、絶対音がずれてしまう。つまり、テレビやラジオで流れる音楽や、レコード/CDの音、調律しているはずのピアノの音など、全ての音程がずれて聴こえるのである。こうなると、もう音楽を聴く事も(無理に聴くと気持ち悪い)、弾く事も出来なくなる。普通1日から数日で元に戻るのだが、自分の耳が信じられないという苦しみが数週間続く事も有る。これでは仕事も何もできない。地獄である。

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コメント(4)

おはようございます。
鶴も昨晩の番組ちらっと見ました(茶碗を洗い始めたら
鶴の子Bにチャンネルを奪われてしまって・・全部見ることができず残念でした)

子供の時に訓練しなくては・・というのには鶴も少し??ですが、訓練とはお教室に行くことだけではないと思います。マエストロさまのように・・・お母さんのおなかの中にいるときから音は聞こえているわけで、その時に良い音楽を聴いているとそれが知らず知らずのうちに訓練と同様の効果があるというのでは?と思います。

《子供のころにチューニングの狂ったピアノを聞かせていると
(そのチューニングが正しいと体が覚え込み)音痴に育ってしまい取り返しがつかない》という話を調律師さんから聞いているので 集合住宅に住んでいる以上、ご近所に小さいお子さんがいらっしゃるときは特に気をつけてマイ・ピアノを調律するようにしています。

まさに、マエストロさまのお耳は よい音楽をご幼少のころからお聴きだからこそ 桐朋でも苦労しないお耳になられたのだと思います。
今は幸か不幸かと複雑なお気持ちでしょうが、人生終わるときにその結論は出ると思います。
のんびりいきましょう。
長々と失礼いたしました。

 鶴さん、コメントありがとうございました。

 絶対音感は素晴らしい能力で、これが無かったら、ヴァイオリンでの数々の栄光は生まれませんでした。これは、神に感謝するしかありません。

 しかし、かくして僕の音楽人生が始まったのですが、今は完全に「宝の持ち腐れ」です。神に与えられた耳が、再び本領発揮する時が来るのかどうかはわかりませんが、全ては人生が終わる時に明らかになるのでしょう。

 せっかく授かった耳。来るべき日のために、大切にしようと思います。ありがとうございました。

私の場合、絶対音感は全然ないですね。これを持っている人がなられることが、信じられないです。相対音感だったらかなり正確なのですが。

 trefoglinefanさん。コメントありがとうございました。絶対音感は、ヴァイオリンのように、自分で音程を作らなければならない楽器や、不規則な跳躍を伴う前衛音楽では確かに有利ですが、困る事も有ります。

 たとえば、バロック・ヴァイオリンで、昔のピッチで弾かなければならない場合や、ピッコロ・ヴィオリーノを弾くような場合、指の位置と実音が一致しないので、困ってしまいます。

 大切な事は、音楽に感動できる感性と絶対音感は関係無いという事と、多くの場合、絶対音感より相対音感の方が重要になってくるという事です。僕の絶対音感を発見した先生に最初に教わった事は、相対音感の大切さでした。

 大バリトン歌手、フィッシャー=ディースカウは絶対音感を持っていなかったのですが、ベルクの「ヴォツェック」を見事に歌っています。大変な苦労をされたと思われますが、音楽作りも完璧で、今や古い録音ですが、歴史的名盤と言っていいのではないでしょうか。

 絶対音感を持っているから大音楽家になれると短絡的に考える事など愚の骨頂。音感教育は確かに大切で、幼少時に行う事が望ましいのは確かですが、同時に、音楽に感動できる土台である感性に磨きをかける事の方が余程重要と考えます。絶対音感の有無にかかわらず、世に出る人は、ほんの一握りなのですから。

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このページは、Maestroが2008年11月 1日 00:08に書いたブログ記事です。

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