遂に耐えられず病院に行ったら、熱が38度あった。腹の具合も悪いし喉も痛くなってきた。
出てきた薬は、頓服のオンパレード。ポンタール、ロペミンなど。これはピンポイントで熱や腹に効く薬。その他殺菌剤、整腸剤など、出すだけ出してもらった。
今日から五日間は養生だな。
遂に耐えられず病院に行ったら、熱が38度あった。腹の具合も悪いし喉も痛くなってきた。
出てきた薬は、頓服のオンパレード。ポンタール、ロペミンなど。これはピンポイントで熱や腹に効く薬。その他殺菌剤、整腸剤など、出すだけ出してもらった。
今日から五日間は養生だな。
相変わらず体の節々が痛い上、お腹の調子も悪い。昨夜からトイレとペットを往復中。もう50回くらい往復しているかもしれない。昨夜はほとんど寝ていない。こんな一日は耐えられない。腹の調子さえ上向けば、ゆっくり休めるのだが。
エヴィスと言えば、こだわりにこだわったヴィンテージ・テイストのジーンズとして有名。ところが、トレードマークだけ同じにして特許を取った、似ても似つかぬジーンズが韓国で販売されている。関係者のコメントも、場当たり的な言い訳ばかり。恥も外聞も無く、偶然の一致と主張する神経を疑う。
はっきり言うが、こんな事をするから韓国は嫌われるのである。自尊心も、祖国への誇りも、何も持ち合わせていないとしか言いようが無い。過去の日本に対する復讐などと考えているとすれば、勘違いも甚だしい。こんな奴は、韓国の面汚しである。
体の節々が痛い、体がだるい。熱を計ると微熱が..風邪ならいいが、タチの悪いインフルエンザも流行しているらしい。それにしても、ここ数週間の精神的充実度の無さは何なのか。ブログも書く気がしない。何もやる気が起きない。
誰でもコンディションの悪い時は有ると思うが、こういう時だけは、一人はつらい。おふくろが生きていた頃は、寝ずの番をしてくれた事も有ったっけ。もうみんな死んだ。一人になると、こうしているうちにも、どんどん落ち込んでいる。間違っても「死のう」などとは考えないようにしなければ。
20日の解禁以来、毎日のようにボジョレー・ヌーヴォーを呑んでいたのだが(もちろん安いやつ)、3日目の22日には、もう酸味が出ていた。今年は今までにも増して劣化が早いという事だが、いずれにしても、打ち止め。赤ワインは常温で飲むのだが、いくらコンビニとはいえ、保管場所は、少なくとも直射日光が当たらない場所を選んで欲しかった。
批判が集中しているようだが、僕は麻生総理に味方したくなる所が有る。
慈恵医大病院精神神経科で、牛島教授にかかっていた時は何の問題も無く、牛島教授が定年退職し、引き継いだ石黒先生(現慈恵医大青戸病院トップ)も良い先生だったのだが、石黒先生が青戸病院に転勤した後に、良い先生に恵まれなかった。
まず、慈恵医大の「中西」。とにかく薬の話しかしない。SSRIはパキシルしか知らないようで、認可されたばかりのジェイゾロフトの処方をお願いしたところ、「SSRIはどれも同じですよ」と来た。これでは話にならないと、先生を変えてもらったのだが、この変わった「佐藤」という医者。ジェイゾロフトは処方してもらったが、二週間に一度の診療を月一にしたいらしい。ハルシオン、ベンザリンを、今までの一日2錠から1錠に減らされ、「これは耐えられない」というと、平然と、「紹介状書きますから別の病院に行ってください」とほざいた。その後も何度か診療を受けたが、何か有ると、「紹介状書きますよ」。ここまで来ると、もう脅しである。
これを機に、僕は慈恵医大に別れを告げ、地元の小さなメンタル・クリニックに通っているが、今のところ、薬も希望どうり出してもらい、診療には満足している。
本などで、慈恵医大病院は、「有名人御用達」みたいな記述も見えるが、今の慈恵医大精神神経科には「腐れ医者」しかいないので、こんな「腐れ医者の巣窟」には行かない事をお勧めしたい。地元の小さなメンタル・クリニックの方がマシな場合も有る。
医者の悪口ばかり書いたが、中には三井記念病院の赤星眼科医師や、自殺するまで医療に身を捧げた過酷な当直勤務を続けている立派な医師もいる事だけは書いておきたい。諸悪の根源は、有名病院の「腐れ医者」である。
今、日本が得点し、3-0になった。楽勝ペースだが、今年の日本は詰めが甘い。最後に得点される事が無いように、3-0で勝って欲しい。カタールにはかつて勝った事が無いのだから、油断は出来ない。最後まで見届けたい。
家の目の前にコンビニが有り、店の主人に強引に一番高いものを予約させられたボジョレー・ヌーヴォー。今日の午前零時、ささやかなカウントダウンとともに買ってきた。恐らく僕が日本で一番最初にボジョレー・ヌーヴォーを呑んだ一人ではないか。
一番値段が高いものを予約させられたのだが、どうして値段が高いかというと、買ってみたら、味ではなく、桐の箱に入っているのであった。こんな事ならもっと安いものを予約したのに、と思うも後の祭り。桐の箱は使い道が無い。
さて味だが、ソムリエでもないので下手なコメントは差し控えたい。しかし、さっぱりした味で、去年飲んだもっと安いものよりはうまい気がする。そもそも味など関係無い。縁起ものなのだから有りがたく飲むべし。これからの一年が良い年でありますように。
早いもので、もうボジョレー・ヌーヴォーの季節である。ボジョレー・ヌーヴォーについては、「熟成していないワインをありがたがるのは愚の骨頂」などという声も聞こえてきそうだが、縁起ものなのだから、難しい事を言わずに楽しむのが僕の流儀。
さて、今夜(明日未明)は日本サッカーの天王山。アウェーで勝ち点が同じのカタールと対戦。どうしても負けられない試合である。岡田監督がイマイチ頼りないのが心配だが、我々日本の代表なのだから、運命共同体。テレビで見届けるつもりである。
痛ましい親子の関係である。しかし、はっきり言えば、父親が悪い。本能的に尊敬し、言う事は何でも信じていた父親が、前触れもなくゲイに変わるには、いや、ゲイになるのは必然としても、前もってやっておくべき事が有った。本能のままに生きるなら、それは否定できないが、それなら女房や子供などを持たずにゲイになるべきだ。子供を自己破産にまで至らしめた責任は、父親に有る。
子供がひねくれるのは当然である。
TBSのキミハ・ブレイクで「家族会議」という面白い特集をやっており、まずモンスター・ペアレントが取り上げられていた。風水がどうしたとか言うのはともかくとして、体罰を与えた教師を土下座させた親は正しい。今の親は僕の世代。要するに小中学校でデタラメな教育を受けた世代である。そのような親がモンスター・ペアレントになるのは当たり前である。先輩が残したツケを払わされる今の教師はある意味気の毒だが、これは、「教師」という十字架を背負う職に就いた愚か者の宿命である。「金八先生」などという絵空事の教師を見て育ったバカ教師に、まともな教育が出来る筈が無い。
教師に自殺者が出ても、「いい気味」である。
はっきり言って、僕の髭は「剛毛」である。ブラウンやパナソニックなど色々なシェーバーを試したが、どれも駄目だった(3ヵ月も経たずに刃が欠ける)。そんな僕が、長年愛用しているのがフィリップスである。
今使っているのは2年半前に買ったのだが、刃を一回交換しただけで、何の異常も無く楽々と使い続けられている。フィリップスの発表では刃の寿命は5年との事だが、僕の剛毛では2年半で駄目になる。それを除けば、長寿命ハイパワーのリチウム・イオン電池で、10年は使い続けるつもりである。フィリップスの無い人生は考えられない。
外見が物々しいので敬遠されやすいフィリップスのシェーバーだが、長寿命ハイパワーを求める人には文句無しでお勧めしたい。使えば使う程愛着が湧いてくるフィリップスのシェーバーである。
先日「警察官の鑑」を紹介したのだが、今日は「言語道断の警察官」を紹介しなければならない。捕まった日高幸二警視、「警視」とは、警察官としてはかなり上の地位。そんな警視が、事もあろうに飲酒運転で当て逃げ。言語道断としか言いようが無い。
この警官は、飲酒運転撲滅運動をしていた事も有るというから、あいた口がふさがらない。手本を示すべき警察官なのに、こんな酷い面汚しも無いだろう。
我が自動車学校でも、飲酒運転撲滅に向けて、警察とタイアップした運動を行っているというのに、こんなとんでもない警察官には厳罰で(懲戒免職は当然、刑事罰も厳正に)臨んでいただきたい。
以前、「KY」というと、「空気が読めない」の略だったのだが、今は「漢字が読めない」の略に変わったらしい。言うまでもなく麻生総理の事である。「有無」を「ゆうむ」、「詳細」を「ようさい」、「踏襲」を「ふしゅう」と読むなど、基本的漢字力の欠如を指摘する声が出ている。
普通、内閣のボロは、周り(閣僚など)から出てくるものだが、麻生内閣は、定額給付金の基準を地方に丸投げしたり、今回の漢字問題、金銭感覚の欠如など、総理自身が問題になる事が多すぎる。少なくとも、ホテルのバーに通う時間が有るのなら、漢字の勉強をするべきである。
テレ朝の調査で29.6%。NHKとTBSで評価が分かれた麻生内閣の支持率だが、テレ朝の調査では支持率が3割を切り、不支持率が大きく上回った。やはり支持率は下降線と見るのが適当のようだ。恐らく上向く事は無いだろう。麻生総理の判断ミスで、ただでさえ深い傷を自ら広げる自民党である。
毎週月曜夜はNHKつけっぱなしだったのだが面白くない。どうせ他に面白い番組も無いし、「水戸黄門」でも見てみるか。と、久しぶりに「水戸黄門」を見たのだが、不覚にも感動してしまった。
感動したのは、印籠で決着した後、命を粗末にしようとするヒロインに、若代官が、「この世には、生きたくても生きられない人もいるんだ」と言った場面。
そう、生きていること自体が幸せな事、キリスト教的にいえば「神」に生かされているというのに、死のう等と考えるのは、甘ったれ以外の何物でもない。もう一回停滞していた心をリフレッシュして、明日から(今から)強く生きていこう。
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と、自分に発破をかけても、落ち込んだ心は簡単には元に戻らない。僕の人生は、あまりにも過酷だった。「うつ」は「病気」なのだが、自分の心を完全に「解放」するためには、やはり自分以外の「力」が必要な気がする。
二男は46歳という。今の僕の歳と同じである。とても他人事とは思えない。それは、もし僕の父親が反省しなかったら、僕も父親を殺していたかも知れないからだ。父の生前も、もしあの時ひとつ間違っていたら殺していたなというタイミングはいくらでも有った。惨劇になって、人生を無駄に過ごす事が無かった事は、ひたすら神に感謝するしか無い。
母子は20年ぶりの再会だったという。僕と父親の関係が最悪になった「再会」も、このような「特別な」再会だった。どうしてタイミングを選んだように暴挙(親)に及ぶのか理解に苦しむ。
以前も書いたが、自分の子供に殺される親は、自業自得である。自分が子供を作らなければ、親を殺すような子供に育てなければ、自分が死ぬ事は無かったのだから。この殺された親は、生前に二男によほど酷い事をし続けたのだろう。でなければ、最も愛するべき母親を刺し殺す筈が無い。
容疑者は「母親を恨んでいた」と話しているらしいが、僕の想像だが、最初、息子は母親が「変わっている」と信じて20年ぶりに母親に会いに行ったのだが、酷い母親は変わっていなかった、場合によっては再び酷い目に遭った。息子はいったん立ち去り、母親を刺し殺しに向かったのである。
警察においては、慎重にも慎重を期して、事件が起こった背景や事情、経緯を明らかにして欲しい。
NHKニュースで、今日の体操大会の様子が映されていた。見どころは何と言っても引退を表明した冨田選手。オリンピックより難度の高い演技構成で、全ての技を披露し、着地もピタリと決めた。
アナウンサー「伸身の新月面は、栄光への架け橋だ」との名文句で、一生忘れないであろう名演技を披露した冨田選手に、心から「ありがとうございました」、「お疲れ様でした」と言いたい。
サザエさん40周年だそうである。特別番組を見ていたのだが、誰でもが夢見るであろう朗らかな家庭が描かれていた。僕も、母親も、そのような朗らかな家庭を望んでいた。
全てをぶち壊しにしたのは父親である。20代後半で見合い結婚し、それを境に自分が完成された人間であるとのぼせ上がり、家庭の中で王様として君臨し、どんなに自分に非が有っても、絶対に認めない。何十年過ぎても認めない。時にはピアノを倒し、ハンマーを持って「お前の指など叩き潰してやる」と叫びながら追いかけまわされ、妹も何の悪い事もしていないのに、尻を丸出しにされて叩かれ、これらの横暴は子供が30歳を過ぎても続き、2人の子供は取り返しのつかない心の傷を負った。
母親が、優しかったものの、また弱く、このような横暴から子供を守ってくれない。父の浮気が発覚した時点で完全に正気の沙汰ではなくなり焼身自殺。流石の父もこれで反省したが、3年後にすべてを放り出して首吊り自殺。後には、心に深い傷を負った子供二人が残された。
とにかく、色々な家庭不和を見てきたカウンセラーの方などでも、これ程ひどい例は聞いた事が無いとの事。全ては父親が悪かったのである。これでも僕は生きなければならないのか。僕は、精神に作用する致死量の薬を貯めこんでいる。これを飲めば死ねる。いっそ死んでしまいたい。今死ぬかどうかは別として、少なくともこの薬が僕の「お守り」である。
こんな事を書くと、またインターネットは匿名と信じ込んでいるバカな奴が、「死ね」とか「実家に帰れ」とか書いてくるかも知れない。バカにつける薬は無いから、このようなバカは死ぬしかないので、同じ「死ね」という言葉を、諸悪の根源たるバカどもに捧げたいと思う。
38歳とは思えないエネルギー。恐るべき勝負勘、駆け引きのうまさ。久しぶりにテニスを見て感動した。
クルム伊達選手は16年ぶりの優勝。長いブランクが有り、復帰は想像を超える苦難の連続だった事と思う。そんな苦労をかけらも見せず、横綱相撲で決勝戦勝利。
テニスの醍醐味に久々に浸った。クルム伊達選手の冴えまくった好プレーであった。
クルム伊達選手は38歳、僕は46歳。年齢差は有るが、音楽家の円熟期はこれからやってくる。年齢制限など壁も有るが、12年のブランクでも半年で回復できる事をクルム伊達選手は証明した。僕も頑張らねば。
最近の通り魔の傾向だが、殺される方はたまったものではない。今日もこのような事件が起こったが、どういう経緯で「誰でもいい」という心理に達するのか、いくら考えても全くわからない。
それぞれの事件でも状況が違うような気がする。共通点の無い経緯で同じ心境に達しているような気がする。
怖い時代になったものである。「誰でもよかった」が流行語大賞になるかもしれない。こんな日本のどこかがおかしい事だけは確かなのだが。
「本当に満足の出来る体操人生だった」と言える冨田選手は幸せである。
僕は、自分の音楽人生に全く満足できない。幼少時から父親の妨害と暴力に晒され、精神力だけで続けた学生時代。高校2年で遂に力尽き、プランク、高卒を取って桐朋ディプロマへの入学後、ようやくまともになりかけたが、プロになって、お人好しで田舎者(カッペ)の僕は、格好のいじめ、潰しの対象となり、意地で弾いたコルンゴルトが辛うじて録音に残っている事で精一杯。
たらればは無しが原則だが、僕には当てはまらない。この才能で恵まれた環境だったら、今頃はスターである。これは自己愛でも負け惜しみでも無い。誰にも負けない自尊心、プライドに他ならない。
高額所得者に自発的な辞退を求めるとの事だが、何をもって「高額所得」とするのかはっきりしない。皮肉に言えば、「高くない」高級ホテルのバーに通い、カップラーメンを「400円」と言う人の基準などあてにならない。
結局、選挙前のばらまきなのだが予算が足りないから苦肉の策を絞っているのだろうが、「払う」なら分け隔てなく「払う」としないと、不公平な制度になってしまう。
麻生総理の優柔不断さが顔を出したとしか言いようが無い。気風よく「払う」なら「払う」と、はっきりして欲しい。
NHKニュース・ウォッチ9で、まさに頭が下がるとしか言いようのない「警察官の鑑」が報道された。
福岡県のターミナル駅である博多駅で朝と夜に何時間も、立番(りつばん、つまり脚立に立って警戒する事)しながら笑顔の大きな声で挨拶をするという、考え方によっては極めて過酷な勤務を、やりがいを感じながら行っている微笑ましくも涙ぐましい感動的な警察官である。
最初は通行人がびっくりする事も有ったようだが、今ではすっかり馴染み、博多駅の「顔」のひとつになっているとの事。立番に立っている時は置き引きなどの犯罪が一件も起こっていないというから恐れ入る。
まさに体と声をはった警察官魂に、心の底から感動した。
前に書いたJNNの世論調査では野党寄りの結果になったが、NHKでは与党寄りになった。まるで正反対で、これでは正確な世論はわからない。サンプル数が少ないのか、色々な原因が考えられるが、我々は正確な世論を知りたいのだから、もっと精度を追及して欲しいと思う。
先週の金曜日に亡くなられた筑紫哲也さんが、多くの番組で偲ばれている。最初に一報に接した時は、「遂に力尽きられたか」と、半信半疑のような、信じられないというか、実感が無かったのだが、偲ぶ番組を見れば見る程、涙が溢れてくる。本当に貴重な人を失った。
テレビ界の人の死でこんなに涙が出たのは、いかりや長介さん以来である。18年間、夜の11時は筑紫さんと決まっていた。このニュースを見て寝るという「日課」を失って、これからどのように生きていったらよいのか。
筑紫さんが最後までこだわった、反戦、平和。この精神を失わず、強く生きていく事が、18年間の「日課」であった筑紫さんに報いることになる。まさに報道に命を賭けた壮絶な人生。偉大なジャーナリスト、筑紫さんの事を、僕は一生忘れないだろう。
JNN世論調査によると、麻生内閣の不支持率が支持を上回ったらしく、これは福田内閣より早いとの事。
ねじれ国会で政治が動かない現実の中、こうなる事は目に見えていた。航空幕僚長の不適切な論文や、毎晩のような高級ホテル通いなど、不支持につながる要素が次々に明らかになっている。
だから僕はこうなる前に、衆議院解散して総選挙を望んでいたのだが、手遅れになった。次の総選挙で自民党が議席を減らすのは確実なのだから、早めに覚悟を決めるべきだったと僕は思う。
両者一歩も譲らずフェアプレーで一点を争う好ゲーム連発。それで応援する西武が優勝したのだから何も言う事は無い。西武ライオンズのみなさん、本当におめでとうございます。
原監督は、ワールド・ベースボール・クラシック、よろしくお願いします。
来年は、この喜びを、ソフトバンクで味わう事が出来るよう、また日本のプロ野球を応援したい。
これで今年の日本プロ野球は終わり。12球団の皆様、本当にお疲れ様でした。
残念だが仕方が無い。数日前に来日して稽古もほとんどしていないのだから、ここは休場するしかないだろう。
来場所が勝負の場所になるが、ファンとしては、あの力強い相撲が蘇る事を願うと共に、何としてもこの危機を乗り越えて欲しい。
ニュース23のキャスターを18年勤めたジャーナリストの筑紫哲也さんが亡くなられた。享年73歳。ニュースで自分が癌である事を告白して休養していたが、思いのほか早い逝去に驚いている。
波乱のジャーナリスト人生だったが、日本のテレビニュースに一石を投じた功績は、永く人々の記憶に残るであろう。ご冥福を祈りたい。
10年以上前、当時黎明期だったインターネットにいち早く着目したのもニュース23だった。当時ネットで投書した事が有るのだが、それがニュース23のホームページに掲載され、「僕の投書を筑紫さんが読んだ」と大喜びした事が昨日の事のように思い出される。
心より、合掌。
車で男性をはねて3kmも引きずって殺した轢き逃げ犯は、乱暴な運転を繰り返し、免許を取り上げられた無免許運転の上、飲酒運転だった。色々な交通事故が起こるが、ここまで酷い例も珍しい。警察では「殺人」での立件も視野に入れて捜査を続けている。
許し難い事件だが、教習所の役員としては、こんなドライバーを育てた教習所は、一体どんな教育を行っていたのかと疑いたくなる。とても他人事とは思えず、うちの学校でも気を引き締めて、悪質ドライバーの撲滅を推進したい。
ただでさえ車が多すぎるというのに、このようなドライバーに免許を与えること自体が間違っている。運転者の資質、精神も「教習」で教え込まなければならない。これは難しい問題である。
黒人初の大統領と聞いただけでは、ただそれだけの事のように思われるかもしれないが、これはアメリカにとって正に歴史的な事件である。
日本でも数々の差別が社会問題になっているが、アメリカでも黒人差別は無くなったとされてはきたものの、重い社会問題として厳然と存在していた。
リンカーンの奴隷解放から150年もかかった真の黒人解放である。オバマ氏の施策に期待したい。
あれだけ稼いで、一体どんな生活をしていたのか。ちょっと(どころではないが)うまくいったからと言って、金銭感覚が麻痺するようではいけない。このままいくと、破産、実刑判決の公算が高いらしいが、時代の寵児の転落といっても、ここまで大がかりなのは例が無いのではないか。
ちなみに僕は、日本の歌謡界は、小室哲哉が現れて面白くなくなったと思っている。
「君恋し」、「有楽町で逢いましょう」などのムード歌謡ヒット曲で知られたフランク永井さんが亡くなられた。僕とは世代が違うが、僕にとっては、ショッキングな首吊り自殺未遂事件をどうしても思い出す。有名人で首吊り自殺が未遂に終わったというのは、これ一件だけではないか。
どうして命が助かったのかはわからないが、重篤な後遺症で、家族が誰かもわからず、禁治産者になり、家族の介護で命をつないで来たが、ついに76歳、力尽きた。
今言える事は、長期間の介護を行った遺族の皆様に、心より「お疲れ様でした」と言いたい。
世間はプロ野球の日本シリーズで盛り上がっている。今年はペナントレースの覇者が順当に勝ち進んだので良かった。繰り返すが、クライマックス・シリーズは中止するべきである。
さて、どちらを応援しようか。僕は特にアンチ巨人というわけではないが、相手が西武である。西武といえば、昔は九州のチームだった。万年最下位だったが熱烈に応援していた。身売りした時はみんなで泣いた。そんな過去も有り、昨日西武が先勝した時には素直にうれしかった。
というわけで、西武を応援。
僕の故郷、佐賀県唐津市では、今日から「唐津くんち」。年に一度のお祭りである。江戸時代から明治初期にかけて、各町が心意気を示すために作っただし(曳山)14台が、勇壮に街中で曳きまわされる。人口10万にも満たない唐津市が、この期間は人口50万になる。今日は宵山、明日がクライマックスで、明後日まで続く。明日はNHK夜7時のニュースで紹介される可能性が高いので。ご興味のある方はご覧になってください。
今日も、ジョアン・ジルベルト公演延期中止関係のアクセスが多い。会場に行って張り紙を見て知った悲惨な人もいるようだが、マネージメントは、もっとアナウンスに金をかけるべきである。払い戻しの締め切りも近い。被害者が増えない事を祈るのみである。
今日、東京で木枯らし一号が吹いたらしい。季節は本格的に冬に向かい出した。僕にとっては身も心もブルーな季節である。
そういえば、ジョアン・ジルベルトのコンサートはどうなるのか。例によってエアコンを切るのだろうが、今回は12月。寒い中で凍えながら聴くことになるのか、それよりも、ジョアンの喉が心配である。
NHKテレビの解体新ショーという番組で、絶対音感を取り上げていた。感想は、これでは絶対音感の半分も解説されていないという事だった。絶対音感とは、基準を与えなくても音程がわかる能力の事である。大体わかるのではなく、研ぎ澄ましてゆけば1ヘルツの違いも聴き分けられる。僕は幸運にも(本当に幸運かはわからないが)絶対音感を持っているが、桐朋に入って弦楽器の多くの生徒が絶対音感を持っているのに驚かされた。また、桐朋のソルフェージュの授業は、絶対音感を持っていると圧倒的に有利なようにカリキュラムされており、僕は一年半の最短期で四年分の単位を取得した。
絶対音感は子供の頃から訓練しないと身に付かないと説かれていたが、僕は子供の頃訓練など受けていない。母のお腹の中にいた頃からミュンシュの「運命」、「未完成」を聴かされ、生まれてからも、ミュンシュの他にワルターのベートーヴェン交響曲全集、ハイフェッツのツィゴイネルワイゼン、ハリー・ベラフォンテのスピリチュアル、ロシア民謡のレコードを夢中になって聴いていただけである。今は、生まれた時から音楽を愛していた事が、絶対音感につながったと思っている。
ヴァイオリンを始めたのは三歳半だが、当時どうしてチューニングの時にピアノで「ラ」の音をわざわざ鳴らすのか不思議だった。音程は頭の中に有るのに。そのうち妹がピアノを始めたのだが、和音を聴いて音程を当てるという訓練を先生が行うのだが、こんな簡単な事を何のために行うのか意味不明だった。どんな和音でも、不協和音でも、構成する音をバラバラに聴く事も、まとめて聴く事も出来るのに。謎は深まるばかりだった。
学校で合唱を行うと、決まって音程がずれてくる。みんなピアノ伴奏を聴いていないんだと思っていたが、みんなに合わせるわけにはいかないし、みんなは僕が音程ずれていると言うし、絶対音感を持っていて得した事など一度も無かった。当時はこれが絶対音感だという事にさえ気付いていなかったのだが。
中学生になった頃、ヴァイオリンの先生に、どうしてチューニングでわざわざピアノを叩くのか訊いてみた。先生は「え!」と言い、色々な音や和音をピアノで弾き出した。僕は全ての音程を当てた。こうして僕が絶対音感を持っている事が明らかになった。
桐朋に入って、同じ絶対音感でもピンキリだという事もわかった。単に音程がわかるだけといったレベルから、どんな和声でも、瞬時に度数などがわかるレベルまで様々だった。僕にとって和声の授業は、それまで蓄積していた知識を整理するだけの作業だった。
しかし、過ぎたるは及ばざるがごとし。絶対音感は有るに越した事は無いが、1ヘルツの音程の差や、不協和音の構成音がわかって何になるというのか。何をしていても音楽が聴こえてくると音楽に集中してしまう。頭の中で管弦楽でもオペラでも完全に再現できるので、一人で集中していい気持ちになって周りから気味悪がられる。絶対音感が僕の人生を変えた事は確かだが、現状を考えると、果たして幸せだったのか、複雑な気持ちになる。
最後に、絶対音感を持っている人にしかわからない怖い話を。風邪やインフルエンザで40度近い熱が出た翌日や、カルバマゼピンという成分の薬を飲むと、絶対音がずれてしまう。つまり、テレビやラジオで流れる音楽や、レコード/CDの音、調律しているはずのピアノの音など、全ての音程がずれて聴こえるのである。こうなると、もう音楽を聴く事も(無理に聴くと気持ち悪い)、弾く事も出来なくなる。普通1日から数日で元に戻るのだが、自分の耳が信じられないという苦しみが数週間続く事も有る。これでは仕事も何もできない。地獄である。
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