確か1990年、僕は東京の某オーケストラからゲスト・フォアシュピーラーの仕事を集中的に受けた。フォアシュピーラーとは、コンサート・マスターの横で補佐する役目である。この仕事を受けたきっかけは、このオーケストラのフォアシュピーラーのオーディションを受けた事がきっかけだった。過半数の票を取ったにもかかわらず採用されず、スケジュールは地獄、ギャラは最低だが、これも上に上がるステップと思い、僕は仕事に向かった。
ところが、最初の仕事から、オーケストラの雰囲気がおかしい。まず、コンサートマスターのTが口をきいてくれない。僕の礼儀に非は無かったと断言できる。最初から敵愾心丸出しなのである。第二ヴァイオリン首席に座っていたもう一人のコンサートマスター、Uの態度もおかしい。それどころか、ほとんど全てのメンバーが僕と口をきいてくれない。
とにかく、こんなに陰湿な「いじめ」を受けたのは初めてで、僕は混乱しつつ仕事を続けた。本番直前にカッターシャツが無くなるという許し難い「いじめ」も受けた(クレジット・カードを持っていたので助かった)。その後、僕と同じオーディションをテュッティで受けていた僕の元カノのB(結婚後はM)が、オーケストラのメンバーと結婚し、オーケストラ中に僕の悪口を言いふらしていたという事実が判明した。これでは仕事にならない。しかし僕はメンバーの刺すような視線に耐えながら仕事を続けた。
4ヶ月後、事務局長(?)のKから、「君をこれ以上使うつもりは無い。このオーケストラは『仲良しグループ』みたいな雰囲気が有るから、それに馴染めない人は使えない」と言われて、僕は事実上クビになった。
要するに僕は、このオーケストラから必要とされていなかったのである。かといってオーディションでの優れた演奏は無視できない。そこで、いじめ抜いて自滅する事を狙うという最も許し難い卑劣な手段をこのオーケストラは使ったのである。最初に示された過酷なスケジュールを見た段階で気づくべきだった。それにしても、この「いじめ」に、コンサートマスターのTも加わっていた事は今でも解せない。今や押しも押されぬ名コンマスだが、心根は陰湿な小心者。日本の楽壇の「諸悪の根源」である。
「仲良しグループ」とは何ぞや。要するに子供じみた「派閥」ではないか。こんな実態を放置しているこのようなオーケストラで弾く事は金輪際無いだろう。
最後に、つらい4ヶ月間だったが、この経験で、社会の実態と、社会人として強く生きていくという事を学んだ。子供じみた嫌がらせにはひるまなくなった。要するに、精神的に「強く」なった。その意味では、今となっては、このオーケストラに感謝している。
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