2008年8月アーカイブ

 TBS土曜夜のおなじみの番組「ブロードキャスター」で、まさに「驚異」としか言いようが無い「象」が紹介された。その名も「絵を描く象」。と、ここまで書いても、殆どの方は、単に筆が暴れているような絵とも呼べない落書きのような代物を予想するだろう。僕もそうだった。

 ところが、この像は巧みに3色を使い分け、鼻で赤い花をかざす見事な「象の絵」を描いたのである。その驚きたるや、生まれてこのかた経験が無いような、まさに「驚異」としか呼べないものであった。本当に天地が引っくり返る程の驚きであった。この象は、物の形を覚えるという特殊能力を持っているのであった。

 早速知人に電話。「今、ブロードキャスター見てた?」、「見てない」、「実はね、象が絵を描いたんだよ!!」と言っても信じてくれない。いくら説明しても信じてくれない。これを読んでいる人たちも信じてくれないだろうな。

 でも、ブログではっきりと公言する。「象は本当に絵を描いたんだよ~!!」

証拠

 こんなに幸せそうな朝青龍も初めてである。モンゴル巡業で優勝し、他の力士にもサービス、取材陣にもサービス。まだまだ続く朝青龍節。

 朝青龍は「不滅」です。

 今、コンビニに行って驚いた。夕方に降り出した猛烈な雨がまだ続いている。傘を取りに階段を3階まで登るのもシャクなので、そのまま意地でコンビニに向かい、今ずぶ濡れになって帰ってきた。

 一体いつまで続くのかこの猛雨。マジで被害が心配である。

 今日はタクシーを利用したのだが、事もあろうに乗っていたタクシーが事故を起こした。幸い怪我も無く大事には至らなかったが、ドカンという音に、一瞬肝を冷やした。

 車対車で怪我人も無く、不幸中の幸いだったが、運転手は固まっている。当てた相手の車から、眉間にしわを寄せたサングラスのおじさんが降りて来て、恐くなって「早くドア開けてください!!」と叫んでドアが開き、別のタクシーを拾った。

 あの運転手があれからどうなったかは知らない。二種免許を持っているプロ・ドライバーでも事故を起こすのだから、僕をはじめとする一般のドライバーは尚更気をつけなければならない。発進する時は、左右後方だけでなく、前方も確認しましょう。

 車は便利な道具だが、わずかなミスが地獄への入り口になる。もう一度気を引き締めて、安全運転を心がけようと思う。

 20年近く愛用した腕時計が壊れた。母親が最後に上京して来た時に買った思い出の時計である。長期間にわたって僕の時間を刻んでくれた事に感謝しつつお役御免という事で、新しい時計を買った。

 今まで使っていた時計はカシオのMR-G(デジタル)だったのだが、僕はやはりアナログ時計の方がしっくり来る。というわけで、今回選んだ時計は、シチズンの電波ソーラー多国籍対応。何でも、洞爺湖サミットで来賓に配られた時計らしい。

 取扱説明書が分厚くて大変だが、新しい時計で気分一新、新たなスタートである。

 こんなに凄まじい雷雨は何年振りだろうとさえ思える、本当に激しい雷雨である。各地で甚大な被害が出ているようだが、中でも家が崩れ落ち、車を押し潰された人は、たまったものではないだろう。

 僕のマンションの部屋は3階なので、まさか浸水は無いと思うが、露天の駐車場に止めている車が心配である。これを読んでいる全ての方に、心よりお見舞い申し上げると共に、早く雨が止むように祈ろうと思う。

 かつて激烈に批判した事も有るテレ朝の宮嶋泰子アナだが、ここに来て、ようやく肩の力が抜けてきたようである。元々最初の仕事がモスクワ・オリンピックだったという事も有り、「アナウンサーとしての心構えを勘違いしているのではないか」と常々思ってきたと同時に、気の毒な人だなと思ってきたが、今日放送された報道ステーションのシンクロ特集での彼女は、ようやく肩の力が抜けたというか、ナレーションも自然体で好感を持った。

 実は、以前から宮嶋泰子の変貌には気づいていたのだが、今日のシンクロ特集で確信に達したと思うので、ブログに書くことにした。宮嶋泰子アナ、今までお疲れ様でした。

 全体の3割にも達するらしい。合格した本人は知らない場合も多いらしく、受けるショックを考えると複雑な気持ちになる。しかしここは、毅然とした対応を求めたい。本人が知ろうが知らなかろうが、不正合格に変わりは無いのだから。教育のレベル低下に歯止めをかけるためにも、県教委のしっかりした対応とアフターケアを望みたい。

 先場所は途中休場で心配していたが、故郷でゴキゲンの朝青龍を見てホッとした。やはり朝青龍は、モンゴル人。故郷で錦を飾った彼にとっては、まさに感慨無量であった事だろう。

 明日の最終日まで無事に土俵を務めてくれる事を祈ると共に、次の本場所では是非優勝して欲しい。

 コンビニの店長が、「お願いしますよ。時津さん」と言うのを尻目に、20個入荷したうちの10個をゲットした。10個でも300円だから、大した出費ではない。

 改めて食べて、本当においしい。まさに究極の駄菓子である。友達の分も有る。これを最後に、コンビニに迷惑をかける事は止めにしよう。

 中国が、国の威信にかけて開催したオリンピック。まずは閉会式で大成功だった事を祝いたい。

 それにしても、ジミー・ペイジさんで驚かせたと思ったら、プラシド・ドミンゴ、挙句の果てにジャッキー・チェンと、世界に誇るべき大スター総出演の、圧巻としか言えない閉会式であった。

 とは言っても、中国には問題も多い。チベット問題、大地震からの復活など懸案は多いが、このオリンピックを機に、中国の繁栄を願ってやまない。

 色々なドラマが有った。全てのアスリートの人たちに、感謝したい。音楽の世界で、オリンピックのようなビッグな催しが無いのが残念である。

 感動を、ありがとう。本当に、ありがとう!!

 昨日は埼玉で、とある集まり。帰って来たのは夜11時を過ぎていた。家に入る前にコンビニで買物。店にはもう一人の店長(Nさん)が。

僕  「ブラックサンダー有りますか?」

店長 「有ります!ついさっき入りました!」

僕  「どこに有りますか?駄菓子のコーナーには無いんだけど」

店長 「レジに置いてます」

 レジに行くと、20cm角くらいの箱に、ブラックサンダーが20~30個ほど入っている。

店長 「今、制限がかかっていて、これ以上入らないんですよ」。Sさん(もう一人の店長)が、「時津さんが来たらまとめ買いするかもしれないから注意するように」と言っていたらしい。

 ここは、つつましやかに3個。これ位なら大丈夫でしょう。

 家に帰って食べてみたら、うまかった。チョコレートとビスケットのミックス味という感じ。翌朝コンビニに行ってみたら、もう売り切れて無かった。

店長 「あっという間に売り切れました」

 こんなことなら、もっと多く買っておくべきだった。。

black_thunder.jpg

 なんで僕が美空ひばりなのかというと、昔、北池袋に住んでいた頃、行きつけの床屋のおばちゃんが美空ひばりの大ファンで、コンサートに欠かさず通った話やハプニングの話など、エピソードを色々と聞かされているうちに、ファンになってしまった。そこで YouTube で昔から公開されているとっておきのクリップを3つ紹介する。1つは全盛期の名唱、あと2つは若き日の名クリップ。共演者は堺駿二、フランキー堺と思われる。古き良き時代のロマンティシズムを感じさせる、とびきりの映像である。七変化・狸御殿は埋め込みが出来ないので、YouTube の当該ページへのリンクでご勘弁願いたい。YouTube の混み具合などで、正常に再生できない場合が有ります。そのような時は、しばらく時間を置いて再アクセスしてください。

お祭りマンボ(全盛期の武道館ライヴ)

七変化・狸御殿(その1)

七変化・狸御殿(その2)

 8回、イ・スンヨプ選手の逆転ホームランに始まった、韓国打線の猛攻。見事であった。アナウンサーは絶叫。日本で活躍するイ・スンヨプ選手に打たれて韓国に負けるのは本当に悔しいが、ここは韓国の見事な攻撃を讃えるべきであろう。

 「金しか無い」と宣言していた星野ジャパンの夏は終わった。しかし、まだ3位決定戦が残っている。星野ジャパンが投げやりにならない事を祈るのみである。とにかく銅メダルを取って欲しい。

 MVPは上野投手か。この二日間3試合を気迫のピッチングで投げぬいた。まさに日本の鉄腕、火の玉投手。日本の守護神。本当に凄い。本当に素晴らしい。

 日本チーム、金メダル本当におめでとう!!!

 「ねこぶくろ」とは、東急ハンズ池袋店8Fに有る猫による癒しスペース。「いけぶくろ」ならぬ「ねこぶくろ」である。料金を払って入口から入ると、猫が十数匹放されており、客は自由に触れる事が出来る。

 とは言っても、男一人では入りづらいので、今まで入った事が無かったのだが、今日は連れがいる。ペア・チケットを買って初めて入った。

 大きな猫、小さな猫、色々な猫が放されているのだが、猫は個人主義の動物。それぞれが至ってマイペースで会場内を歩き回っている。撫ぜると陶酔し、ゴロゴロとじゃれてくる。猫の本能というより、猫をかぶって客にサービスしているという感じ。こちらより猫の方が一枚上手のプロ集団である。

 いずれにしても、猫は癒し系の動物である。久々の動物との触れ合いに、孤独な都会暮らしで気が滅入っていたのが、猫によって癒された。

 野球よりもソフトボールが大変である。延長10回でもまだ試合が続いている。力投の上野投手のためにも、ここは勝ってほしい。

[後に加筆]

 延長12回サヨナラ勝ちで、このオリンピック「ソフトボール」史に残るであろう死闘に決着がついた。2試合300球以上投げた上野投手には、ひたすら拍手。本当に涙が出るほど感動的なサヨナラ試合であった。

 今日はアメリカ戦。さて、既に準決勝進出を決めている日本、次の相手はキューバなのか、韓国なのか。デーゲームとナイトゲームの違いも有る。

 単純に考えれば勝った方が良いに決まっているが、後々を考えるとどうしたものか。応援する側としては複雑で悩ましい限りである。

 一番いけないのは、「負けてもいいや」と、捨てゲームのような試合をする事である。このようなだらけた試合をすると後を引く。勝っても負けても全力投球して欲しい。後は勝利の女神に祈るのみである。

 数日前、知人と電話していたら、「ブラックサンダーって知ってる?」、「知らない」、「なんでも駄菓子で体操の内村選手が好きなんだって」。そこで翌日、近所のコンビニに行ってみた。

僕  「ブラックサンダーって有りますか?」

店長 「ああ、駄菓子だね。」

僕  「じゃ、有りますか?」

店長 「それがねぇ、急に売れちゃったんだよ。なぜかわからないんだけど。ブラックサンダーがどうかしたの?」

僕  「どうやらオリンピックで銀メダルを取った体操選手が好きらしいんですよ」

店長 「なるほど!」

 開店以来5年間、2人で12時間交代で1日も休まず店番をしている店長が、オリンピックのこぼれ話を知っているはずが無い。この事を最初に教えてくれた知人に電話で話したら、バカ受け大笑い。

 オリンピック効果は凄まじい。ブラックサンダーは注文3倍、ホームページへのアクセス数は50倍。「黒い雷神」などという凄い名前を付けるから、こんな大変な事態になるのである。思わぬ反響で、駄菓子会社はてんてこ舞いなのだろう。

 北京オリンピック110mハードルでの劉翔選手の棄権、中国国内では様々な波紋を呼んでいるようである。特に目に付くのは劉翔選手へのバッシング。まるで昔の日本を見ているようである。

 東京オリンピック・マラソンで銅メダルを獲得した円谷選手がバッシングに遭い自殺した事件。札幌オリンピック70m級ジャンプで金メダルを取ったが90m級で駄目だった笠谷選手に対するバッシング。名前は忘れたが、男子スピードスケートの選手へのバッシング。レークプラシッドオリンピック・女子フィギュア・スケートで金メダルを期待されながら結果を残せずバッシングを受けた渡辺絵美選手。サラエボオリンピック・男子スピードスケートでメダルを取れなかった黒岩選手へのバッシング。当時の日本は、選手の陰なる苦労には全く気を配らず金メダルを要求し、結果が残せなかった選手を責める、余裕の無い社会環境だったと言える。オリンピックに参加するだけでも大変だというのに、本当に選手が可哀そうであった。

 今の日本では、オリンピックに参加する選手に対する敬意が最優先され、メダルを取ったら、色が何であれ選手を讃える。ようやく社会がまともになったと言えるだろう。

 このブログを中国国民が読んでいるとはとても思えないが、劉翔選手は、結果を残せなかろうが、棄権しようが、中国の英雄である事に変わりは無い。同じアジア人として、劉翔選手の復活を期待してやまない。

 昨日韓国に負けて、土壇場に追い込まれた星野ジャパンが、完璧な継投で最後の意地を見せた。本当にきわどい勝負だったが、追い込まれて力を発揮して勝つという事は、底力が有る証拠。最後のノーアウト3塁クリーンナップで点を取れなかったのは気になるが、この勢いで、一次リーグ突破して欲しい。

 北京オリンピックの「君が代」だが、賛否両論出ているようである。僕は賛成派。中国人がオーケストレーションすれば、中国風になって当たり前。そんな事を言うなら、古い話だが、ミュンヘン・オリンピックでは、「時間の都合」で、各国国歌を勝手にカットし、「君が代」は、「き~み~が~よ~は~・い~わ~お~と~な~りて~」となっていた。なぜ問題にならなかったのか不思議である。

 ついでに書けば、国歌ではないが、TBSサッカー中継のワーグナー「マイスタージンガー」前奏曲の切り貼りの方が余程酷いのではないか。これはワーグナーに対する冒涜である。こんな事をする国の国民に、北京オリンピックの「君が代」を云々する資格など無い。

 以前紹介したロシア、ソビエト国歌集のページでは、様々な編曲が紹介されているが、本来国歌とは、その時々のシチュエーションで色々なバージョンが有って良いのである。アメリカ国歌だって、トスカニーニが指揮したものをはじめとして、大リーグ開幕戦で演奏されたジョン・ウィリアムズの破天荒な編曲版など色々有るわけで、そういえば、長野オリンピック開会式の「君が代」は、雅楽によるものだった。

 つまり、国歌の編曲においては、カットするのは論外として、色々な編曲版が有って当たり前であり、今回の中国版「君が代」も、中国風の「君が代」として、立派に存在を主張できるものであるというのが僕の見解である。もちろん、「ドラ」が入った「君が代」もアリである。

 むしろ問題にするなら、「ドラ」ではなく、些細な事だが、「い~わ~お~と~な~り~て~」となっている事であろう。

 もうすぐオリンピック野球の日韓戦である。こればかりは意地にかけても勝って欲しい。韓国は、予選のようなずるい事(直前のメンバー替え)はしないとは思うが、いずれにしても正々堂々と戦って、日本が勝って欲しい。

[後に加筆]

 ギリギリの線で息をのむ勝負になったが、大事な所でエラーが出るようでは勝てない。星野ジャパンに暗雲、何とか乗り切って欲しいものだが、大事な時に一発が出なかったのは気になる。

 オリンピックで浮かれているが、今日だけは厳粛にならなければならない。戦争の大敗でドラマティックに変わった日本。今の日本が良いか悪いかは別として、少なくとも原爆を落とされるまで降伏しなかった大日本帝国は愚かである。戦争を知らない僕に敢えて言わせてもらえば、「狂気の沙汰」としか言いようが無い。

 戦争の生き証人がどんどん減っている現在、我々戦争を知らない世代も、戦争について真面目に考え、日本がこのような愚挙を二度と起こさないように、戦争の惨禍を後世に伝えていかなければならない。醜態を晒しまくった史上最低最悪の総理大臣、安倍晋三が、靖国神社でバカ面を見せていたが、はっきり言って、こんな事では日本の将来は期待できない。

 最後の上原に救われた。奥歯に物が挟まったような試合を歯を食いしばって見ていたが、9回ようやく打線が爆発。はっきり言って上原は心配だったが、鮮やかなピッチングで試合終了。抑えの切り札確定!

 昨日(正確には一昨日)のキューバに負けたのは惜しかったが、今日の勝利で星野ジャパンがパワー全開になる事を祈るのみである。

 まさに大荒れの体操男子個人総合だった。一位の中国選手は別として、その下に10人が91点台で並ぶという大接戦。事故多発。内村選手も、あん馬で2回落下した時は、もう駄目かと思ったが、そこから立ち直れるのが若さなのだろう。きわどい争いから2位入賞した内村選手に、心から拍手である。

 男子200m平泳ぎも、無敵の北島の圧勝。2大会連続の2種目制覇。結果だけ見れば楽勝にも見えるが、100mレース後の涙のインタビュー、200mレース後のインタビューでの「再びこの場所に来れるとは思っていなかった。感謝。喜びを分かち合いたい」という言葉に、この4年間の苦労、プレッシャーとの闘いが凝縮されていた。しかし、それでも苦境を乗り越えて結果を出した北島は、本当に凄い。インタビューで繰り返された「感謝」という言葉、25歳でこの境地に達する事が出来るものか。こんなに勝利の女神の祝福を受けた選手も少ないのではないか。

 北島選手、本当に、おめでとうございました。そして、感動をありがとうございました。

 今日、日本人3人目の金メダル。それも見るも鮮やかな一本勝ち。3度目の感動的な「君が代」だが、「君が代」と言えば、近衞秀麿編曲のオーケストラ版がスタンダード、しかし、北京の「君が代」は一味違う。もちろん国の威信にかけて最高の演奏を用意したのだと思うが、編曲の中に、「ドラ」の音が聴こえるような気がする。もしそうなら如何にも中国ならではだが、スピーカーから流れる音の間接録音の上に、感動で上の空だったので、断定までは出来ない。次の機会に確かめてみよう。いずれにしても、これからも日本の金メダルラッシュを願うと共に、中国版「君が代」を、一度でも多く聴きたいものである。

 アナウンサー、解説者が絶叫!見る側の僕としては嬉しい限りだが、この4年間の北島の道のりは、決して平たんではなかった。これまでの苦労が込み上げたのだろう、インタビューでは言葉が出ない。本当に、本人にとっても、見る側にとっても、感慨無量の金メダルだった。

 北島選手、本当におめでとうございました。200mも頑張ってください。

 マーラーの交響曲第5番、ラヴェル集で、それまで嫌いだったブーレーズ評価が180度変わった。これは僕の音楽鑑賞人生でも「革命」と呼んでもいい位のショックだった。中でも印象的だったラヴェル集はSACDを買い、次元が違う音を満喫している。

 ここで、一つ謎が生まれた。これまで嫌いだったブーレーズの演奏は、ブーレーズを誤解していたのではないかという事。そこで、聴かせてくれた友達が「無人島の一枚」と言う1969年録音クリーヴランド管弦楽団の「春の祭典」を、頭をリセットして聴き直してみた。

 ショックを受けた。セルが君臨していた頃のクリーヴランド管弦楽団の精緻なアンサンブル。完璧なオーケストラ・コントロール、まさに一部の隙も無い究極の名演である。ただ、問題も有る。それは、「録音」である。1969年といえば、真空管と半導体の過渡期。この録音がどちらかなのはわからないが、耳障りなぎらぎらした高音が気になる。

 デジタル・リマスタリングしてもこの音質なのは、本当に残念である。新しい録音を聴いて頭をリセットしたら、この「春の祭典」の真価がわかった。要は、録音技術がブーレーズの音楽作りについていっていなかったのである。

 それにしても腑に落ちない。同じCBSコロムビアの録音でも、もっと古いワルターやセルの録音は、デジタル・リマスタリングで鮮烈な音に蘇っている。それに、CBSではないが、JVCのXRCDは、SACDでもないのに、1950年代~60年代の録音が、信じ難い鮮明な音に蘇っている。

 この「春の祭典」の録音の問題は、次の二点のうち一つだろう、一点目は良質なマルチトラックのマザーテープが破棄されたか損傷が有って使えなかったかも知れないという点、もう一点は、曲が曲だけに、レコーディング・エンジニアの「気負い」によって、要するに凝り過ぎて、人工的な音になってしまったか、どちらかだろう。

 いずれにしても、僕はブーレーズを誤解していた。最新のデジタル技術でブーレーズの真価が録音に収まった。それにしても、自分でヴァイオリンを弾く時は、ロマンティックで感情表現の塊のような表現をする僕が、聴き手に回ると、ドラティ(但し70年代以降)が好きなのもそうだが、楽譜に忠実でクールな演奏(但しアゴーギク、デュナーミク、アーティキュレーションが完璧なもの)を好む。我ながら不思議である。

 「夏」という季節は、レジャーもいいが、日本人にとって、戦争について考えるという厳粛な季節でもある。2度の原爆投下、終戦、靖国神社参拝問題など、未だに結論が出ていない問題も数多い。

 僕の父は昭和8年生まれ。父方の祖父は当時海軍の偉い人。昭和8年生まれというのは複雑な年である。父は子供の頃から親や学校から大日本帝国軍事教育を受け、天皇陛下のために死ぬ事を至上の喜びとするという歪んだ価値観を植え付けられた。もちろん大東亜戦争は、アジア諸国を解放するための戦争であり、断じて日本は悪くないと叩き込まれていた。しかし、父の世代は教育を受けただけで、戦争中は疎開しており、実際に戦場に行ってはいない。戦前の日本を美化する教育に洗脳され、肝心の戦争の惨禍は知らないのである。

 普通に成長した人なら、実際に戦争に行って帰ってきた人たちに、戦争の愚かさを教えられ、平和主義者になるのであるが。僕の父は、そのような過程を経ず、戦前教育に洗脳されたまま大人になってしまっていた。子供は親の言う事を信じるという本能が有るから、僕は父が話す戦争の話を子供の頃は信じていた。つまり、大東亜戦争はアジアを解放するための戦争であり、侵略戦争ではない。南京大虐殺は無かった、従軍慰安婦は作り話、つまり、中国や朝鮮の人が嘘をついている。日中戦争の事を支那事変と呼び、北朝鮮の事を北鮮(ほくせん)と呼ぶ、つまり敢えて蔑称を使う。神風で散った英霊は不滅。天皇陛下は神様であるというのである。

 時を経て、僕に反抗期と思春期が訪れたころ、父の話に疑問が生じてきた。そこで、父より年上で実際に戦争に行った親戚や会社の人たちに、戦争について尋ねてみた。そこで出てきた話は、まさに悲惨の二文字。それまで信じていた父の話とは正反対のものであった。実際に罪の意識を持ちつつ「慰安」を経験した人、罪も無い人々を殺しまくった人、尊い戦友を多数失った人など、例外なく言える事は、それらの人々は、自分の過去を悔いていた。そして、心底から「戦争は良くない」、「二度と起こしてはならない」という結論に達した。

 その後、反抗期も手伝って、僕は父と戦争について議論が絶えなかった。しかし父は考えを改めなかった。その頃から家族がおかしくなり始め、父は暴力や浮気など、男の悪行の限りを尽くすようになり、これは母が自殺するまで続いた。僕は、狼狽している父に、来る日も来る日も説得を続け、ようやく父は、自分の考えが誤っていた事を認めた。僕は今でも、父に過ちを認めさせた事は、本当に良かったのかと自問する事が有る。なぜなら、母の自殺から3年後に、父も自殺してしまったからである。遺書で父は自分の事を「未熟な老兵」と書いていた。父は最後まで、自分の事を軍人だと思っていたのである。

 「夏」という季節は、全ての日本人にとって、決して忘れてはならない戦争の惨禍について考える季節である。今日、テレビのサッカー中継の後、米軍カメラマンで、原爆の生々しい惨禍を写して封印していた人の特集が放送されていた。実体験として戦争を知らない我々も、後世に戦争の愚かさ、悲惨さを伝えていかなければならない。もちろん身をもって戦争を経験した人は尚更である。戦前の夢物語に浮かれる愚かな年寄りを見るたびに、「これではいけない」と考えさせられる、日本の夏は、そんな季節である。

 いよいよ明日開会式であるが。試合は昨日から始まっている。昨日はなでしこジャパンが劣勢から驚異の粘りで引き分けた。今日の男子の試合が楽しみで仕方が無い。

 冷房の効いた部屋でハイビジョン画像の熱戦を楽しみたい。

 YouTube より、ボサノヴァ生みの親であるジョビンとジョアンの共演。ボサノヴァ誕生50周年、ジョアン・ジルベルト4度目の来日を祝して。

「想いあふれて」

「ディザフィナード」

「イパネマの娘」

 先日のマーラー交響曲第5番でのショックも冷めやらぬうちに、再びブーレーズの物凄い演奏を友達に聴かされた。今度はオーケストラがベルリン・フィルで、曲はラヴェルである。

 ブーレーズは固有の音を持った指揮者のようで、ウィーン・フィルを振ってもベルリン・フィルを振っても基本的な響きは同じである。耳が良い上に、オーケストラ・サウンドのメカニズムを知り尽くしているのだろう。いずれにしても極限まで澄み渡り、全てのパートが明晰に聴こえる独自のサウンドである。

 先日のマーラーで一発パンチを食らってしまったが、今日のラヴェルで完全にノックアウトである。特に、カラヤンの死後、明確なカラーを打ち出せなかったベルリン・フィルから、ここまで精緻で厚みとコクが有る個性的なサウンドを引き出した指揮者は、チェリビダッケとブーレーズだけである。ラトルが指揮した冴えない演奏ばかり聴いていたから、これは新鮮な驚きであった。やはりベルリン・フィルは凄い。

 「マ・メール・ロワ」、に始まり、「ボレロ」がラスト。響きはどこまでも澄み渡り、マーラーと同じく驚異的な名録音で、最初から最後まで惹きつけられっぱなし。言うまでも無く全てのパートの末端まで心配りが行き届いているが、いたずらに耳がいいだけの指揮者とは異なり、響きは窮屈にならず開放的で厚みも有る。それに、「力み」というのがかけらも無い。ドイツのオケに有りがちな鈍重さも無い。

 極限まで研ぎ澄まされているが決して鋭利ではなく、耳当たりの良い澄み切ったサウンドに身を浸すという至上の楽しみを与えてくれるブーレーズは、紛れもなく現在最高の指揮者の一人である。

 やけに暗い。遠くでは稲光も見える。昼は猛暑、夕方は夕立ち、雷雨。落雷で電車も止まっているらしい。天気予報によると、明日はさらに激しい雷雨が起こる可能性が高いらしい。海ではクラゲが大量発生。海水浴場で蚯蚓腫れを見せる痛々しい子供の姿がテレビに映し出されていた。もはや「クラゲはお盆を過ぎてから」ではないらしい。

 夏たけなわ。大荒れの夏である。オリンピックで盛り上がっているが、世界的に有名な予言者が、8月6日と9月13日に大地震の予言をしているらしい。もちろん予言が外れる事を祈っているが、いずれにしても、只ならぬ「真夏」である。

 享年72歳。漫画界の巨星が世を去った。僕は少年時代、赤塚さんの漫画で育った世代。「おそ松くん」、「天才バカボン」、「ひみつのアッコちゃん」、「もーれつア太郎」などの名作、「これでいいのだ」、「シェー!」などの流行語もさることながら、漫画作者としての自由奔放な生き方にも惹かれるものが有った。

 心より、合掌。

 今日は、自殺した父の命日である。その時の詳細は過去に書いたので繰り返さないが、とにかく酷い父親だった。酒を飲んで暴力はふるうは、自分の過失を全て家族のせいにするは、浮気はするはで、本当に男の悪行の限りを尽くした父親だった。

 母親の自殺でようやく心を入れ替え、優しい父親に変わったのだが、3年後には自らも自殺してしまった。しかし、もし父親が、母親の命と引き換えではあるが、反省した3年間が無かったら、僕は一生重い荷物を背負ったまま過ごさなくてはならなかっただろう。

 あの3年間で、辛うじて救われた。この世では、最悪の結末で不幸な夫婦だったが、天国では仲よくしてくれていると信じている。両親が仲よくなる事を願うのは、子供の本能だから。

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