2008年7月アーカイブ

 これも親友が聴かせてくれた一つ。オーケストラはウィーン・フィル。マーラーの5番と言えば、テンシュテット/ロンドン・フィルの熱いライヴ、バーンスタイン/ウィーン・フィルの決定盤などが一般的だが、これは番外で、強烈なショックを受けた演奏。

 まず、ウィーン・フィルが、いつもの味の有るのどかなウィーン・フィルの顔ではなく、プロフェッショナルな一つのオーケストラとして「完璧」なパフォーマンスを行っている点。ウィーン・フィルが、こんな響きを出したのは、ジュリーニの「リゴレット」以来ではないか。

 僕は昔、ブーレーズが嫌いだった。初めて聴いたブーレーズは、FM放送でバイロイトの「リング」(シェローの演出が物議をかもした上演)だったのだが、とにかくスコアを顕微鏡で見たような演奏で、感情や情熱よりも「理」が勝った、作為的な演奏に聴こえた、その後、「ハルサイ」や「ヴォツェック」を聴いても、耳が良いのはわかるが、印象は変わらなかった。

 その後ブーレーズは、指揮活動を止めて作曲に専念するのだが、その間に何が有ったかは知らない。そして再び指揮活動を復活させるのだが、復活後のブーレーズを聴いたのは、これが初めてである。

 スコアの深い読みはそのままに無駄な感情を極力排して、しかも「自然体」で作為性が無く、スコアに全てを語らせたような演奏。ブーレーズの気配りは、全てのパートの末端まで行き届いており、これも衝撃的な名録音により、曲全体をクリアに見通せる、あらゆる意味で「純音楽的に極まった」演奏である。

 マーラーの音楽によく見られる情念やこだわりはここでは全く無く、マーラーが極めて優れたオーケストレイターであった事を、つぶさに感じさせる、かつてないユニークなマーラーの5番であった。

 ベートーヴェンの「田園」、それにワーグナー集。東京文化会館の客席で隠し録りされた音源のCD化である。さすがに音は悪いが、それをも超越する物凄い演奏だった。「田園」は、ムラヴィンスキーが演奏後、心から満足していたと云われる演奏で、ドイツ、オーストリア系の演奏ではないが、「極まっている」という意味では、1930年代のワルター/ウィーン・フィル以来であろう。

 この「田園」は、午後9時前後に聴いていたのだが、ちょうど「嵐」の楽章の頃に、外が凄まじい雷雨になり、偶然とはいえ、まさにホールでは味わえない生々しい迫力に圧倒された。その後の終楽章のしたたるような弦の歌わせ方も素晴らしい。前後するが、端正だがよく歌う1楽章、2楽章の田園風景、小鳥の声、3楽章の楽しさ、全てが完璧な完成度で造形されていた。

 これをも上回る物凄い演奏が、ワーグナーである。ムラヴィン流のロマンの極みでうねるようなトリスタンとイゾルデから前奏曲と愛の死、ジークフリートより「森のささやき」での最弱音と見事なアンサンブル、とてつもない爆発するような迫力の「ヴァルキューレの騎行」。やはりムラヴィンスキーは凄い。

 とにかくダイナミック・レンジが極限といえるほど広く、これは録音にはとても収まりきれないと思われるのに、こんな悪い録音でもこれだけの感銘をもたらしてくれるムラヴィンスキーは、やはり超人である。返す返すも生に触れられなかった事が残念でならない。

 このところ、友達が色々な演奏を聴かせてくれているのだが、最もショックを受けた演奏がこれである。

 どんな怨みが有ったのか知らないが、一線を越えてしまった卒業生。僕も小中学校時代にはバカ教師に酷い目に遭ったので、気持ちはわかるが、一線を越えて人生を台無しにする事は無い。

 この神谷という教師は楽器を投げて抵抗したらしいが、音楽教師が楽器を投げるなど言語道断。バカ丸出しである。音楽に命を賭けているなら楽器を投げたりはしない。投げるくらいなら死を選ぶ。まさに教師の恥晒しである。

 僕も、小学校3年の時の担任で習字が得意のO(女性)と、中学1年の時の担任で美術のF(男性)は、今まで殺したいという気持ちは有ったが、相手は低レベルなバカなのだから、まともに相手にする価値も無いと今では思っている。

 バカ教師に付けられた心の傷は、時間が解決した。今回の容疑者は、まだ若い。教師は落ちこぼれバカばかり(最近は不正合格バカ教師も多いようだが)だから、余程ひどい目に遭ったのだろう。世のバカ教師たちは、卒業生に刺されないように、自らを戒めるべきである。

 しかし、過去にも書いたが、「バカは死ななきゃ治らない」、「バカにつける薬は無い」とも言うから、世のバカ教師たちは、生徒に刺される前に、自分で死ぬべきである。そうすれば、今回の容疑者のような気の毒な人も出ず、バカはいなくなり、一石二鳥である。

 テレビのニュースで、北陸や近畿地方の信じ難い映像が次々に放送されている。鉄砲水、雷、突風、自然の恐ろしさをまざまざと見せつけられた。

 僕は東京で悠長に暮らしているが、こんな事をしていてよいのか。大水は、九州に住んでいた頃、福岡で経験が有るが(その時も死者が出た)、被害者の皆様には、心よりお見舞い申し上げます。

 テレビ東京で、隅田川花火大会の中継をやっていた。そりゃまあ実際に見に行くのが最高なのはわかっているが、テレビの進化は凄まじく、シャープAQUOSのハイビジョン画面も素晴らしい。

 うちの実家では多分明日だと思うが、花火を見ると、「夏なんだなぁ」と、しみじみ思う。部屋の明かりを消して、ハイビジョンAQUOSで見る花火は、まるで現場にいるような臨場感。今年の夏が、良い夏でありますように。

 ジョアン・ジルベルトが4度目の来日をする。1931年生まれだから77歳。2006年以来だが、再び神の声が聴けるチャンスは逃せない。3公演全て予約してしまった。これまでの東京横浜公演は全て足を運んでいるから今回も聴かないわけにはいかない。

 この二年間で、ジョアンの声やスタイルがどのような変貌を遂げているか、期待に胸が膨らむ。年齢的には心配な面も有るが、とにかく無事に来日してくれる事を祈るのみである。

 それにしても、初来日の時は、「最初で最後」と思っていたのに、ジョアンが親日家になり、まさか4度も来日してくれるとは、夢にも思っていなかった。

ジョアン・ジルベルト来日公演レポート

 今日のNHK「難問解決・ご近所の底力」はホタルの特集だった。野生のホタルがいなくなった河川でホタルを復活させる血のにじむような努力が紹介されていた。

 僕が故郷に住んでいた頃、郊外に、野生のホタルが溢れる「秘密の場所」が数か所あり、母親と二人でよく見に行ったものである。本当に、自然の河川や田んぼに溢れる野生のホタルは神秘的。誰も知らない「秘境」で飛び交う無数のホタルを独占的に見られる事は、田舎に住む者だけの特権。

 今、あの場所はどうなっているのだろう。今もホタルが舞っていればよいのだが...

 感動的な最終回で、涙をこらえきれなかった。本当に久々に面白いNHKドラマだった。

 人間、夢に向かって邁進している時が、最も輝いている。僕も次なる夢に向かって新たなスタートをしたい。久々にテレビドラマから「勇気」をもらった。

 それにしても、このドラマの主人公は女性だが、もう長いこと、「夢」を感じさせる女性に出会っていない。公務員や医者のケツばかり追い回す、浅ましい女ばかりである。そんな浅ましい女どもに、僕はアホにしか映らないだろう。カメラが夢の亜樹は、公務員との婚約を蹴って、夢を追いかける決心をしたのだが、こんな女性というのは絵空事なのだろうか。少々女性不審気味だが、久しぶりに元々好きな夏、エキサイティングな「恋」をしてみたい。そのためには、まず痩せなければ!

 土用丑の日は明日である。しかし、うちの近所のコンビニでは今日と明日、うなぎの販売が行われる。そこで今日と明日一食ずつ国産うなぎを予約しておいた。

 うまかった。涙が出る程うまかった。このところ金欠で、毎日カップラーメンばかり食べていたから、うまい国産うなぎに感無量である。1580円は安くはないが、今日明日は特別。

 明日もうなぎが食べられる。うまいものを食べて涙が出たのは本当に久しぶりである。

 またやりきれない事件が起こった。前日は一緒に料理していたというが、親子の確執は、そんな単純なものではない。父親との確執というと、僕は他人事とも思えない。母親が自殺するまで考えを改めなかった父親を、僕は下手をすれば殺していた。一緒にカレーを作ろうが、一緒にビデオを見ようが、家族円満とは限らない。僕の家庭でさえ、外からは円満な家族だと思われていたのである。

 それだけに、母親が自殺した時は、悪いのは父親なのに、親戚中から僕に集中砲火が浴びせられ、僕は実家にいられなくなり、東京に逃げ出した。全くもって数奇な人生である。

 今は親殺しは珍しくなくなったが、昔、N.I君が父親を金属バットで殴り殺した事件では、あらゆるメディア、特にテレビのワイドショーが、犯人を鬼畜のように扱った。勘違いも甚だしい。

 昔は尊属殺人罪という法律が有効で、親殺しは死刑と決まっていたのだが、今、尊属殺人罪が適用される事は絶対に無い。法律が誤っている事がわかっているからである。

 親との確執に苦しんだ僕に、あえて言わせてもらえば、自分の子供に殺される親は自業自得である。自分が子供を作らなければ、間違った育て方をしなければ、自分が死ぬ事は無かったのだから。子供に罪は無い。

 今回の事件においては、容疑者の人権を守った上で、原因の徹底究明を望みたい。

 待ちに待った夏がやってきた!!とはしゃぎたいところなのだが、母親の自殺以来、すっかり熱いものが苦手になり(PTSD)、夏のじりじりする日差しがつらい。体に火がついているような気がする。18日が命日だったわけだが、帰らない母を待った暑い夜、凄まじい遺体との対面が、僕に重篤なトラウマをもたらした。

 僕は元々夏男で、夏が来るとウキウキしたものだが、今はつらい。8月1日には父親の命日もやってくる。実家に電話して留守だった時の、あの何とも言えない胸騒ぎと背筋の凍るような寒気は今でも忘れられない。あまりの異様な胸騒ぎに、会社に電話して、社員に家まで見に行ってもらったのだが、父は車庫で首を吊っていた。遺書が有り、「未熟な老兵が選ぶべき道はただ一つ。速やかに命を絶つ事のみ。葬儀不要。焼き捨ててください」。愚かだった自分に嫌気がさした揚句の自殺。あの胸騒ぎは虫の知らせだったのだろう。

 暑い夏に2度のショッキングな大騒ぎを経験して、すっかり夏が苦手になってしまった。

 さて、今年の夏は、どんな出来事が僕を待っているのだろう。そういえばオリンピックがあるな。ハイビジョンのテレビ観戦が楽しみ。久しく経験していない「いい夏」を過ごしたい。

 新サーバーでXOOPSが正常に動かないため、一旦閉鎖する事にしました。データは保存していますので、復活する可能性は有りますが、現状では未定です。登録ユーザーの皆様には、ご迷惑をおかけして、申し訳ありません。発言してくださった方々には、謹んで御礼申し上げます。

 短い期間でしたが、皆様、誠にありがとうございました。

 サーバー移転記念ではないが、ブログのスタイル(デザイン)を、今までの殺風景なものから、夜の山頂をイメージさせるものに変更してみた。また変わるかもしれない。

 Movable Type は標準で色々なスタイルが付属している他、サードパーティー製のスタイルも有るが、どれもイマイチ。そんな中で、これはマシな部類。故郷で夜に、鏡山という天下の絶景で有名な山に登り、町の夜景を満喫した事が有るが、このスタイルは、そんな思い出が蘇るので採用。

 これからも、色々なスタイルを試してみたい。

 ようやく僕の家から新サーバーに正規ドメイン名でアクセスできるようになった。しかしまだまだ世界中のDNSが書き換わるのには時間がかかるだろう。繰り返しになるが、

 このメッセージを読めている人は、新サーバーです。

 今日はもう遅い。設定は明日にしよう。

 新サーバーで生まれ変わった私のページを、今後ともよろしくお願い致します。

m(_ _)m

 鶴さん、コメントありがとうございました。DNSのプロパゲーションが遅れており、コメントを承認する事も、コメントで返信する事も出来ません。コメントの内容は読んでいます。

 本当につらい9年間で、今でも大量の薬が手ばなせない程、重度のPTSDに悩まされています。死んだ母との対面が衝撃的過ぎましたから。父はこれで反省し、優しい父親に変わったのですが、3年後に首を吊って死んでしまいました。

 このダブルショックは、心の後遺症として今も僕を苦しめていますが、理解してくれる友達がいたり、励ましてくれる知人たちに助けられて何とか生きています。今日は母の冥福を祈ってお祈りをしました。この世では不幸な夫婦でしたが、天国では反省した父親と添い遂げてくれていると信じています。

 アクセス解析を見ると、すでに多くの方が新サーバーにアクセスされているようだが、僕の家はまだである。いつになったら新サーバーに正規ドメイン名でアクセスできるのか。テンポラリ・ドメインではブログの設定も「自死遺族連絡協議会」の設定も出来ない。

 アクセスされた方には、ご迷惑をおかけしている事を、謹んでお詫び申し上げます。

m(_ _)m

 今日は亡き母の命日である。1999年、あの日の事は、今も忘れない。母親が「親せきの家に行く」と言って出掛けたまま帰って来ない。親せきの家に電話すると、「来ていない」との事。午前0時になっても帰らないので警察に捜索願い。その夜は寝なかった。翌朝、遠い熊本の警察から電話、「亡くなっておられます。焼身自殺です」。父親の横暴に対する抗議の自殺だった。

 それからはもうてんやわんやの大騒ぎ。今思い出しても生きた心地がしない。警察での無残な遺体との対面に始まり、父親は無視して事実上僕が喪主の葬式。未だに続くPTSD。これは本当につらい。今思うのは、母が天国に成仏している事を願うばかりである。

 伝説のお笑い番組、ドリフターズの「8時だヨ!全員集合」は不滅である。僕は番組開始から終了まで毎週見た世代。こんな大仕掛けなギャグを毎週準備して練習し、生放送していたのだから凄い。全盛期には視聴率が50%を超えた化け物番組。いかりや長介さんが亡くなった時は涙をこらえきれなかったが、番組のVTRが多数残っているのは幸いであった。今回、番組誕生40周年記念、第3弾DVDが発売されて、早速入手した。

 今見ても、本当に面白い。番組終了から20年以上経っているのに、オリコンで1位を獲得したらしい。まさにドリフのコントは永久に不滅である。

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 このメッセージを読めている方は、新しいサーバーにアクセスされています。

 去る四月に、最先端の Red Hat Enterprise Linux4 ベースのサーバーに移転したのですが、トラブルが絶えず、何度もサーバー初期化、再構築を行いました。そしてここに来て、Image::Magick 動作不良、つまりブログ運営が不可能になるサーバートラブルが発生し、いつ復旧するか不明との事なので、同料金の FreeBSD6 ベースの新サーバーに移転を決めました。歴史に培われた FreeBSD の安定性に期待したい所です。

 シェルアクセスした感触は、今までの Linux よりやや重く感じます。CGIの実行速度もやや遅く感じられます。最先端技術の軽さ(Linux)を取るか、実績と安定性(FreeBSD)を取るか、より取り見取りですが、僕は安定性を選びました。

 願わくば、新しいサーバーが、これからもトラブルなく安定して動作してくれる事を祈るのみです。ページにおいでいただいた方には、ご迷惑をおかけした事を、この場を借りてお詫び申し上げます。

m(_ _)m

 今日のNHKニュースウォッチ9で報道されていた。ブログは便利なツールだが、便利なものというのは、えてして諸刃の剣である事が多い。広告収入だけを目的に、検索エンジンで上位表示される注目のキーワードだけを羅列した意味の無いブログが急増しているらしい。

 ひどい例では一人で数十の迷惑ブログを運営し、収入が1000万を超える人までいるらしい。

 このように、システムを悪用する人は必ず現れるので、検索エンジンにおいては、このようなサイトを上位表示しないように、「真面目な者が馬鹿を見る」事が無いように対策して欲しい。

 特に練馬区(僕の住所)で多いらしい。「自分は引っかからない。自分はしっかり者だ」と思っている人に限って引っかかるらしい。いったいどんな手口なのか。僕は独居だが独身なので、ターゲットにはならないと思うが、とにかく「うまい話にはご用心」。注意しよう。

 2005年の12月以来、月一のとある集まりに出ていたのだが、どうも今日で最後になりそうである。この約二年半、得るものも多かったが、もう限界に近い。相性の悪いメンバーもいて、ちっとも楽しくないばかりか、会合後の懇親会も全く楽しくなかった。もともとメンバーが人生の大先輩ばかりで神経を使うのだが、今までは、それを超越して人生の先輩から得るものが多かった。しかし、ここに来て相性の悪いメンバーや僕の生き方を完全否定する人生の大先輩まで現れて、もう限界である。人生の先輩だろうが何だろうが、僕のような過酷な過去を持った人は滅多にいるものではない。わかって欲しいと思う事に無理が有る。

 寝ようとして眼を閉じると炎が見えて眠れないから薬を飲む。本気で死のうとしたら手を差し伸べてくれた知人がいたから付いて行った。どこがいけないのか。僕は僕の道を行く。多くのものを与えてくれた、この会合に、最後の感謝

 右上手を取って十分の体勢で負けたのはちょっと心配。ファンとしては、この逆境を乗り越えて優勝して欲しいものだが、今日の負け方はやはり気になる。

 音自体は知人にもらって持っていたのだが、今日、アメリカのアマゾンに注文していたCDが届いた。待望の全曲(84分)オリジナル・サウンドトラックのCD化である。世界3000セット限定二枚組で、他に Sea Wolf サウンドトラックを含む。

 KINGS ROW(嵐の青春)サウンド・トラックは、チャールズ・ゲルハルト指揮によるデジタル再録音盤も素晴らしいが、こちらは48分だった。これは84分も入って、音質も、今まで出ていた断片の復刻盤とは比較にならない。コルンゴルトの映画音楽でも最も素晴らしいものの一つがこうしてCD化された事は、まさに歓喜に値する出来事である。まだ中古市場には出回っているようなので、欲しい方はお早めに。

kingsrow.jpg

 例によって、わざと音質を悪くしたサワリ

メイン・タイトル

 敢えて言うまでもないが、某有名宇宙戦争映画とそっくり。あの有名な旋律の原点は、1942年の KINGS ROW だった。ジョン・ウィリアムズは、最も影響を受けた作曲家としてコルンゴルトを挙げているが、ここまで露骨に真似する事も無いのに、と思う。逆の見方をすれば、コルンゴルトの映画音楽が、当時、非常に進んだものであった事の証左である。

 遂に鳴り物入りで iPhone が発売された。発表された当初は興味が有ったが、月額利用料最低でも8000円台というのは、ちょっと高すぎではないか。

 行列まで出来る大騒ぎだったが、僕は今は冷めている。

 大分県で発覚した教員採用試験の不正に端を発する汚れた教育界の現実。まじめに勉強して良い成績を取った受験生の得点を減点し、成績の悪い受験生の成績を水増しして合格させていただけでも呆れるのに、教頭や校長への昇進でも賄賂が当たり前といった腐れ切った実態。

 今回明るみになった大分県の例は氷山の一角だろう。日本中で同じような不正が行われているのではないかと疑いたくなる。こんな不正で教師になった駄目馬鹿教師に自分の子供は任せられない。教育が腐敗するのも当たり前である。「くさい臭いは元から断たなきゃダメ」というコマーシャルが昔あったが、教育界の腐敗も元から洗い直して欲しいものである。

 僕は小学校から中学校にかけて、馬鹿教師に酷い目に遭った。音楽をやっているというだけで目の敵のように扱った小学校教諭のO、美術の馬鹿中学教師Fや、共産党の宣伝ばかりの社会科教師など、例をあげたらキリが無い。価値観の多様化と共に、それぞれの生徒に合った教育の必要性が叫ばれているが、実態がこれでは結果は見えている。

 何で検索するのか、最近保険会社からの電話が多い。それも外資系。内容もワンパターン。「生命保険や入院保険の資料を送るので読んで欲しい」、「資料が届いた頃にもう一度電話するのでよろしく」、「住所と氏名を確認させてください」というもの。

 まだ特徴が有る。それは、「この人ホントに日本人!?」と思われるほど日本語が下手な事。僕は東京一人ぽっち天涯孤独、僕が死んで困る人も悲しむ人もいない。入院の可能性は有るが、生活をギリギリまで切り詰めているので保険会社に払う金も無い。再び電話されるのもうっとうしいので、「資料はいりません」と言って切る。

 「うますぎる話にはご用心」というが、最近、外資系を中心に、やたら保険料が安い「お得な」保険のコマーシャルが多い。テレビでコマーシャルを流すだけでも多大な費用がかかるのに、どうやって儲けているんだろう。投資のスペシャリストでもいて、お金を増やしているのか。まさか金を集めるだけ集めて計画倒産などは無いと思うが、いずれにしてもギリギリの線で商品を用意しているに違いない。とにかく言えるのは、無駄なお金は使いたくないという事である。

 昨日、僕よりもはるかに若いと思われる人とチャットした。 サウンドを送ったり、画像を送ったり、僕にできない事を次々にやってくる。挙句の果てに「スカイプできますか?」と来た。「スカイプって何?」と訊くと「えー知らないのー?」。。どうやらネット電話のソフトらしい。

 最近の若者は、分厚いマニュアルの携帯を自由自在に使いこなし、パソコンでも僕よりはるかに先を行っている。とても付いてゆけないが、まだ間に合う。若者文化を吸収して、ネット・コミュニケーションに慣れなければ。

 2006年のリサイタルは、色々あったが、僕にとっては夢を実現した画期的なものだった。それは、ピアニストを藤原由紀乃さんにお願いできた事である。彼女を呼ぶに当たっては、当時デュオ(コンサート・エージェント)のプロデューサーだった作田氏に多大なる尽力をいただいた事に、今でも心から感謝している。

 さて、なぜ藤原由紀乃なのか。それは今から約20年前に遡る。僕は新日本フィルで、ゲスト・フォアシュピーラーを弾いていた。つらい仕事だったが、今の自分の精神的な強さは、あの時の修行が活きていると思っている。そして、運命の時が来た。藤原由紀乃という知らないピアニストとモーツァルトの協奏曲第26番「戴冠式」を弾くという仕事である。

 最初の一音から、「この人は違う」と感じられた。僕が思っている理想のモーツァルトが眼前で繰り広げられているのである。まさに自由自在、モーツァルトの奔放さをこれほど見事に表現したピアニストを僕は他に知らない。当時の彼女は若くてピチピチ(今も大人の美しさを発散されています)。完全に一目惚れしてしまった。ところが指揮者が馬鹿で、彼女の自在なピアニズムを理解しようとしない。「ここは君に合わせてあげるけど、ここは付けないからね」といった具合で、結局ピアニストとオーケストラは、最後まで不協和音だったのである。

 演奏後たまらず、藤原さんに、「指揮者が馬鹿で申し訳ない事をした。でも、素晴らしかったよ」と言ったら、彼女は何とも言えない悟りきった笑顔を返された。ベアタ・ツィーグラーのメソッドも何も知らない僕の心をここまで動かした人は、かつていなかった。

 僕は、自分がリサイタルを開く時は、「ピアニストは藤原さん以外考えられない」と思うようになり、月日が流れた。それで、2006年のリサイタル案が持ち上がるのだが、僕はピアニストは藤原さん以外考えられなかった。そこで、藤原さんのコンサートに行き、手紙を差し上げた。そして、作田さんの尽力も有り、リサイタルでの藤原さんのピアノが現実味を帯びてきた。

 本番では予期せぬアクシデントも有ったが、藤原さんのピアノは本当に素晴らしく、また、お母様とご主人(空手師範)の魂のこもった「気」の力も得て、何とかプログラム全曲を弾き終えた。本番前のリハーサルでは、二つの音楽性が互いに融合し、言葉では表せない頂点に達する丁々発止の駆け引きが有った。本当に実り多き、スリリングなピアノ合わせだった。

 機会が有れば、また藤原さんと一緒に弾きたい。現実的には厳しいが、夢は持ち続けようと思う。

 夢は、持つものである。今回も、藤原さんとの初共演を、一介の仕事としかとらえていなかったら、リサイタルは実現しなかった。僕は夢を現実化した。この感動をどのように表せばよいのか言葉が見当たらない。次なる「夢」に向かって、精進有るのみである。

 まったくギョーザに始まった中国産食品の問題。産地偽装して国産として売るのも論外だが、また毒物検出。おいしいものを安く食卓に上げる事を目的に始まった中国産食品輸入だが、毒入りでは食べるわけにもいかない。

 僕は先日国産のうなぎを予約したが、本当に国産なのか心配になってきた。店の名誉にかけて、国産は国産だろう。しかし、同時に売っている割安の中国産は安全なのか。今頃食品業者は土用丑の日に向けててんやわんやなのではないか。

 今年は中国でオリンピックも開催される。選手村の選手たちが食べる食品は安全なのか。もう中国産食品は信用できない。中国食品全体の信頼性が問われている。

 地獄の11日間だった。これでもう暑苦しい夜で眠れなかったり、冷えないでイライラしたり、カビ臭いにおいに悩まされる事も無い。窓を閉めてスピーカーで音楽が聴ける。いい事ずくめである。

 ポカミスでも有ったのか、Movable Type のバージョンが 4.13 になっていたので、早速インストールしたのだが、どこでミスったのかトラブルが続出、書き込みができない、プラグインが正常に動かないなど今日半日費やして、ようやくまともに動き出した。

 Movable Type は非常に優れたブログソフトだが、バグ入り公開→バージョンアップが続くとうんざりしてくる。

 何を隠そう、今日は僕の誕生日なのであった。46歳になった。この歳になると嬉しくも何ともないが、

 いよいよ人生後半。もうひと花咲かせることを願って、ささやかながら、たった一人の誕生日祝いをしよう。

 相次ぐ物価の高騰で、日本が悲鳴を上げている。ガソリンはリッター180円台に、卵、野菜、魚など、あらゆる物産が値上がりしている。

 この責任は誰に有るのか。はっきり言って福田首相である。航空路も値上がり、値上がり、値上がり。もううんざりである。福田首相は、この責任をどう取るのか。ここまで値上がりが続くと動きが取れないではないか。

 福田首相は、この責任を早急に取るべきである。政府の愚政はもう沢山。この物価高騰の早急な歯止めを望む。

 まったく出費というものは思いがけないタイミングで起こる。先日、長く付き合おうと決めたプレクスターの光学ドライブPX-751Aだが、あっけなく壊れた。とにかくまったく認識しないのだからどうしようもない。

 さて、新しいドライブをどこのメーカーにしようか、これが悩ましい。PX-800Aでプレクスター神話が崩れたのでプレクスターはパス。となると、一般的に評判の高いパイオニアか。というわけで、パイオニアDVR-A15Jに決定。

 オーディオメーカーならではのハイセンスなデザイン。しかし問題は性能。今のところ、再生、リッピング共うまくいっているようである。願わくば、この性能が長続きする事を願うのみである。

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