これも親友が聴かせてくれた一つ。オーケストラはウィーン・フィル。マーラーの5番と言えば、テンシュテット/ロンドン・フィルの熱いライヴ、バーンスタイン/ウィーン・フィルの決定盤などが一般的だが、これは番外で、強烈なショックを受けた演奏。
まず、ウィーン・フィルが、いつもの味の有るのどかなウィーン・フィルの顔ではなく、プロフェッショナルな一つのオーケストラとして「完璧」なパフォーマンスを行っている点。ウィーン・フィルが、こんな響きを出したのは、ジュリーニの「リゴレット」以来ではないか。
僕は昔、ブーレーズが嫌いだった。初めて聴いたブーレーズは、FM放送でバイロイトの「リング」(シェローの演出が物議をかもした上演)だったのだが、とにかくスコアを顕微鏡で見たような演奏で、感情や情熱よりも「理」が勝った、作為的な演奏に聴こえた、その後、「ハルサイ」や「ヴォツェック」を聴いても、耳が良いのはわかるが、印象は変わらなかった。
その後ブーレーズは、指揮活動を止めて作曲に専念するのだが、その間に何が有ったかは知らない。そして再び指揮活動を復活させるのだが、復活後のブーレーズを聴いたのは、これが初めてである。
スコアの深い読みはそのままに無駄な感情を極力排して、しかも「自然体」で作為性が無く、スコアに全てを語らせたような演奏。ブーレーズの気配りは、全てのパートの末端まで行き届いており、これも衝撃的な名録音により、曲全体をクリアに見通せる、あらゆる意味で「純音楽的に極まった」演奏である。
マーラーの音楽によく見られる情念やこだわりはここでは全く無く、マーラーが極めて優れたオーケストレイターであった事を、つぶさに感じさせる、かつてないユニークなマーラーの5番であった。


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